事故から2年が経過して現況を語ります。残席60席程度(表示と違います)。
3/20(水・祝)木下黄太講演IN横浜 「健康被害の現状と放射能防御」
18:30開場19:00開始(~21:00予定) 関内ホール<小ホール> 主催「横浜子供の会」
申込詳細→http://kokucheese.com/event/index/78824/
最近、甲信越や愛知県などから、健康被害報告が寄せられています。まだその内容が、被曝に関与するものなのかどうかは分かりませんし、これまでのチェルノブイリの常識だと、そこまで被害は拡大するのかと、いぶかしく思う人の方が大半だと思います。僕も現段階では、まだそう思います。
ただし、僕は前から良く話していますが、僕の見立てが厳しいというよりは、まだ甘かったと、言われる方が多いのではないかという懸念はずっと持っています。
僕より厳しい懸念を言ってこられる一般の方が、僕の見立てよりもシビアなリアルを届けてくることは珍しくありません。覆されます。悪い方に。だから、僕はいつもきちんと受け止めています。
もちろん全国どの地域にいても、汚染食材を食べ続けていれば、話になりません。今回の報告事例はその可能性も十分に考えられます。
しかし、それよりも気にしているのは、セシウムの動き方と、たとえばキセノンなどのガス化した放射性物質は動向が違っていて、特に初期段階での被ばくは関東圏よりもやや広がっているのではないのかという懸念は拭えません。
その点で、甲信越や愛知県、岐阜県 などでの奇妙な報告は、ずっと気にしてみています。ぼくがその点でずっと引っかかっているのは、おととしの秋にお話を頂いて、ブログに掲載したこの話です。2011/9/7のブログ記事より。
『一週間ほど前に岐阜新聞で、養老、大垣あたりで目のかゆみ、アレルギーの症状を訴えて、今どのくらいのものか調査中とありました。その数日後は西濃地方で数百人単位になっていると新聞報道がありました。そして今日9月7日、「岐阜市羽島市に拡大」と新聞記事にありました。児童生徒や学校教職員らが目のかゆみや、じんましんなどのアレルギーのような症状を訴えた問題で、西濃は全11市町1848人だそうです。岐阜圏域でも岐阜市と羽島市の19小中学校で児童、生徒が同様の症状を訴えてるそうです。岐阜市教育委員会学校保健課は「空気中に特異な化学物質は観測されておらず、眼科医との相談からイネの花粉が拡散したと思われる」としています。西濃地域の詳細は、大垣市1116人、安八郡安八町226人、同輪之内町109人、海津市106人、揖斐郡大野町91人、安八郡神戸町83人、養老郡養老町48人、不破郡垂井町34人、揖斐郡揖斐川町23人、同池田町8人、関ケ原町4人。』
イネのアレルギーはこの一帯でのみ広がりました。通常、ふつうにあるイネで、なんでこんなにアレルギー拡散をする理由が分かりません。僕はずっと、疑っています。人体に影響しうる軽い初期被曝がどこまであったのか、そのエリアの広さを確認するうえで、この話を何回も考え直しています。
そして、今回寄せられているのは、ここより東側、東尾張のエリアです。名古屋からその東側で、ある女性の身内や身近に起きている異常の話が報告されています。
特に両側性腎無発生、腎臓が両方ともない奇形は,「数分から数時間以内で致死的となる」と言われ、古典的なポッター症候群で、極めてまれなものです。これが個人経営の産院で一か月くらいの間に、二度おきているという話です。
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①女 20代前半 東尾張地方 2012.2月に妊娠6か月の検診にて胎児に腎臓がないことが発覚し死産の処置をする。
*個人病院の医師が2例目の経験で1例目は、つい1か月前のことだと聞いた(頻繁にあることでないと思うのに変だと思っていた)
②男 40代 名古屋 2011.5月に吐血し救急搬送、何回か神経系の手術 視力低下 原因不明といわれていたが、2012春に片目を失明し、糖尿病だといわれる。
関東、東北などには出かけていない、食事は一切気にしてなかった。(糖尿病だと検査ですぐ判る気がして疑問に感じた)
③女 30代後半 九州 2011年妊娠中期にゴールデンウィークに東尾張地方に滞在。
6月よりお腹がはりだす、7月初めに定期検診にて切迫早産、うちでは対応できないと言われ個人病院より総合病院へ救急搬送され即日入院。
予定日まで2か月と10日もあるので在胎させるために絶対安静。
9月初旬37週にて予定日より20日程早く出産。おぎゃーとないて元気に産まれた赤ちゃんが半日で心停止し、NICUに1週間入るもその後に異常なし。
母親が出産後高熱が続き検査したらGBS(B群溶連菌)とわかり退院するまでに長引いた。
④女 30代前半 名古屋 自転車通勤 2011年ゴールデンウィーク韓国旅行、6月くらい腕や首に謎の湿疹(もともと金属アレルギーもあるが、この時は漆によるかぶれと言われた)喉の不調で通院していた
7月末に以前より気になっていたからと首にエコーしてもらうと甲状腺に異常がみつかる
血液検査(サイログロブリン 69.0 抗甲状腺PO抗体 24.7)薬を飲んだりすることもなく経過観察中
医者の指示で検査 3か月後の12月(サイログロブリン 70.4 抗甲状腺PO抗体 0.3)細胞診もする異常なし
6か月後の2012.6月も変化なしで次回検査は、1年後に検査予定
異常が見つかったときに予想外の展開に気が動転し診断名を聞き漏らしていたようで2回目にしっかり聞いてきた方がいいと伝えたので質問してみたら「聞いて自分で色々と調べて不安になるといけない」と教えてもらえなかったそうです。そんなおかしな話、聞いたことないから他でも診てもらったらと言ったのにそのまま
2011年初夏(何月か覚えてないが海辺の別荘でするけど水着を持っていくのはまだ早いかと聞かれた覚えがあった)にはBBQの翌日より激しい嘔吐、胃腸の不快感で歩くのもやっとで病院に連れていったら胃腸カゼと言われて3日間寝込み完治まで1週間かかったこともあった
⑤女 80代前半 名古屋 持病で心臓病 震災後より心臓が不調、不整脈が激しい時があっていつ死んでもおかしくないと弱気
2012.8 下血したことで内視鏡検査をし大腸ポリープ4個見つかり手術するも痛みに耐えれず3個のみとった
⑥女 60代前半 東尾張 2011.12 乳がん手術 2012.1くらいに目の不調、視力低下 原因不明
⑦男 30代後半 名古屋 バイク通勤 2011.3.月末 嘔吐 下痢 4、5 鼻水、目のかゆみ、頭痛
9月頃 コンビニのソフトクリームを食べた直後に悪寒がし突然発熱し38・5 ℃まで上昇(一緒に食べた内2名同時に起きた)
呼吸困難(アレルギーと言われる) この時期に手にイボができていた
2012.1月 喉不調、発熱し扁桃腺に膿栓(細菌の死骸の細菌塊や食べ物のカス)が沢山あった
3月 呼吸困難 頭痛
震災前はアレルギーで医者にかかったことナシ、たまに乱脈あり
⑧女 30代後半 名古屋
2011.4末雨の日 江南市の室内遊び場へ出かけて夕方より激しい頭痛になり仕方なく薬を飲むも完全には痛みは消えなかったけど疲れているのだと思った。この頃、肌の調子が悪く皮膚の薄い目の周りがひりひりしていた。
5月小牧市の農場直売店に買い物に出かけ店内を歩いて20分くらいしたら気分が悪くなり、また激しい頭痛がおきた(地元の野菜を目当てに行ったのによそのも販売してて被災地の野菜などもあって驚いた記憶がある) 下痢
夏以降に疲れっぽい、階段を上ったりするだけで動悸が激しくなることがあった。
2012.5 喉の違和感、疲れっぽい、もの忘れ、自分で着付く物の言い間違え、誤認
7月末気管支不調、手足の冷え右胸の乳腺炎のような感じ、リンパの腫れだと思う
9月雨風が強い中、外出した夜に発熱し38度~40度を上下、下半身のみ筋肉痛みたいな締め付ける痛み、関節痛、足に熱感で3日間寝込み熱がなくなっても体に力が入らずフワフワした(たまたまか日進市の花火大会のすぐ後だったはず)
もともとアレルギー性鼻炎、花粉症があったり科学物質に敏感だった為、震災前よりマスク、メガネを着用して粘膜から吸収して症状がでないように予防していたがマスクしても鼻水が出ることが度々ある
⑨男 10代 名古屋 アレルギーあり、気管支呼吸器が弱い
2011.3月末 嘔吐
5月 副鼻腔炎 体重減少
9月ソフトクリーム食べた後に悪寒、発熱 呼吸困難、副鼻腔炎
2012.4 吐き気、胃腸不快感、 副鼻腔炎
5月嘔吐、呼吸困難 倦怠感
10月 倦怠感 喉の違和感、鼻水、
甲状腺エコーにて腺腫様甲状腺腫が発覚(MCV 82.7 MCH 27.3 クロール 97 基準値より若干低め ALP 667基準値より300オーバーだけど成長期は高めに出るとのこと、その他は基準値以内)内分泌科へかかり29項目検査
10月より前にかかりつけの耳鼻科でついでに甲状腺を診てもらおうとしたら「子供に異常はまずない」と言われて触診して終了。
(2011年秋くらいかに今まで見かけなかった患者説明用と思われる甲状腺の図解シートがドクターのデスク近くに用意されていたので甲状腺を診てると思い診てもらったら残念な対応をされた)
⑩女 年長
2011春 目があけにくそうな黄ばんだ目ヤニがでる 軽いものもらい頻発(花粉症用メガネを着用させる) 秋 瞼に玉のようなのがあると受診、霰粒腫、手にイボ、足や手が痛いと言い出す
2012.関節痛、筋肉痛、こむら返りなどで痛くて泣いて寝れなかったり、イボが再発し増える、10月にパチンコ玉大のできものが瞼に出来て受診
霰粒腫、視界の邪魔になる程の大きさ、もの凄い視力が悪いことが判明。別の大きな眼科を受診したら大人なら即、手術するけど悪いものでないから長くかかるかもしれないが目薬で治療(2013現在もまだ完治していない)
視力は偶然なのかもしれないけど大きなできものが出来た目が極端に悪い(視力左0.3、右0.9)遠視、乱視、弱視という診断になりすぐに眼鏡を着けるよういわれ購入(2011年に霰粒腫で眼科にかかった時に視力検査した時は、視力のことは何も言われていない)
足や腕の痛みは、成長痛でしょうと言われていたけど2012年に夏~秋に痛みが頻回の為、整形外科を受診しレントゲン 異常ないけど、目の話などもしたからか今は何もないように見えて何かの病気の前兆かもしれないからどういう状況でなるかとか引き続き観察してまた来て下さいと言われている。
⑪男 2才 2011春 黄ばんだ目ヤニ 鼻水、肌の露出部分に湿疹、
6月下痢、ロタウイルス
夏 不明熱 鼻水、微熱が2週間続き総合病院でレントゲン、血液検査し白血球が高い(数値は忘れた) 他に異常なし検査後2日で平熱
秋 耳の後ろのリンパの腫れ 鼻水
2012.1月 嘔吐から下痢(水様便)でおならしても出る、整腸剤を処方され完治まで2週間
3月京都に行った翌日に突然の嘔吐、発熱40度 痙攣 熱性けいれん翌日はふつう
4月下痢
震災後に締め切っていた部屋を全開にして風を入れられたこと、黄色の粉、震災後の春にセシウム牛を仕入れていたグループ店舗で飲食したこと
運動会が5月にあるので4月から練習で砂埃にまみれたりと初期被曝の可能性も捨てきれない感じもあります。家族内で次々と起こるおかしなことで今までと違うこと=放射能 のせいかも知れないと思い、がれきの受け入れにも反対してきました。
やっぱり身近でおかしなことが起きてないとどこに居ても放射性物質への危機感は、薄く他人事なのでしょうね。世の中の大部分の人が現実離れしてて戸惑います。
長文、乱文で失礼しました。いつもエネルギッシュに貴重な情報を発信して下さりありがとうございます。
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「関東・南東北の被曝エリア(東京全域を含む大半のエリア)にいる皆さんは、放射性物質の少ないエリア、できれば愛知県から西のエリアに、移住するべきです。妊婦、子供、未成年、妊娠可能な女性は優先して移住すべきです。他の皆さんも極力移住してください。被曝から二年近く経過しています。初期被曝は深刻で、慢性被曝の影響がさらに危険です。食物、飲料のみならず、吸気による被曝も軽視できません。回避する方法は限定的です。あなたやあなたの家族の命が何よりも大切です。一刻も早く移住してください。」
健康被害と思われる症状が、深刻化しています。報告相談はまずメールを。
僕のメールアドレスnagaikenji20070927@yahoo.co.jp(コピーして貼り付けて下さい)
講演など、何か業務的な依頼をされたい方も原則このメール⇒電話でお話しする順番です。
事故発生当時の行動記録や数値データなどを細かく教えてください。問い合わせの内容も書いてください。 健康被害の状態を皆で共有化し、事態の推移をあきらかにしていく作業が最も必要です。
甲状腺の検査、甲状腺のエコー検査、さらにふつうの血液検査のうち、 血液像の検査(白血球、特に好中球)や異型リンパ球の確認、大人の女性はサイログロブリンの 数値も確認した方が良いと思います。