「男はみんな浮気者よ。だから、怖いわ」
中国人の女友達とお喋りしていたら、ふと彼女はしょんぼりした。
「どうしたの?」
僕は訊いてみたのだけど、彼女は恨めしそうな顔をしてどこかを見るだけでなにも言わない。
男は浮気者だと主張する中国の女の子は割合多い。独占欲が強いから、それだけ猜疑心も強くなるようだ。中国の女の子の場合、普通に友達付き合いしていても、彼氏ができた途端に彼氏以外の男を拒絶するような態度を取る女の子もけっこういる。
「友達なんだからさ、そんな冷たい態度をとらなくてもいいだろ」
と言ってみても、
「彼氏ができたから」
と言って頑《かたく》なだったりする。真面目な子ほどこんな傾向が強いようだ。ふつうに仲良くしてたのに、掌を返したように冷たい物言いをされたり、冷たい態度を取られたりしてさびしい思いをしたことが何度かあった。
パーティーの初めにみんなで自己紹介しあう時、カップルで参加している女の子は、
「わたしは王君の彼女です」
などと堂々と宣言する。裏をかえせば、「王君はわたしの彼氏だから横取りしないでよ」とその場の同性へ警告を発しているわけだけど、男も「劉さんの彼氏です」と言わなければいけないらしい。こう言わないと、浮気しようとしているんじゃないかと疑われるそうだ。
中国の場合、恋愛=結婚という考え方がまだまだ根強い。
彼氏ができたばっかりだという別の女の子と話していたら、彼女はなにやら怒っている。どうしたのと訊くと、
「彼がわたしと結婚しようと言ってくれないんです。わたしはもう別れようと言いました。ひどいです」
といって悲しそうな顔をする。
「まだ付き合いはじめたばっかりだろう? 結婚なんてゆっくり考えればいいじゃない」
僕は慰めてみたのだけど、
「もし結婚する気もないのに付き合っていたら、時間の無駄遣いになります。親にも怒られます」
と言って彼女は首を振る。
「結婚したいんだ」
「当たり前じゃないですか。彼はわたしのことを好きだと言います。でも、結婚しようとは言いません。わたしがはっきりしてって言っても、彼はなんにも言わないんですよ。ずるいです」
「それで別れるの?」
「いいえ、もうちょっとお互いを理解しようと思っています」
眉間に皺を寄せていた彼女は楽しそうに笑った。惚れた者の弱みというのはこういうことを言うのだろうな。僕が納得しかけた矢先、
「だから、わたしたちはまだ恋愛をしていないんです」
と、彼女はわけのわからないことを言い出した。
「えっ? どういうこと? 付き合っているんじゃないの?」
「結婚を考えて付き合うなら恋愛ですけど、そうでないからまだお互いを理解しあっている段階なんです。彼がわたしとの結婚を考えてくれるなら、わたしは彼と恋愛します」
「結婚を前提に考えないお付き合いだなんて、恋愛じゃないってことだね」
彼女の理論にはいささかびっくりさせられたけど、恋愛=結婚という考え方が強い中国ではそういうものなのかもしれない。
「でもさ、いちおう、どっちかが相手のことを好きだって告白したんだよね?」
「ええ、まあそうですけど」
「どっちから告白したの?」
「彼からです。彼がわたしのことを好きって言ってくれました。女の子が告白するのはあまりよくないです」
彼女が言うには、女の子は自分は浮気するようなふしだらな女ではないことを証明するために、男から告白されるのを待つものなのだとか。好きな男がいても、自分から言わないのだそうだ。自分から告白すれば、あっちの男へ近寄ったり、こっちの男へ言い寄ったりする浮気性な女だと思われてしまうから、それが嫌だと言う。たぶん、保守的な女の子なのだろう。べつに好きなら好きと言えばいいと思うのだけど。
なんだかんだと話しこんでいるうちに、また男の浮気の話になった。彼女も男はみんな浮気者だと言う。中国の女の子の頭には、「男=浮気者」のイメージがしっかり刷りこまれているようだ。
「中国の女の子はみんなよくそういうけど、そうじゃない男だっているだろう?」
「浮気しない男はいません」
彼女は真顔できっぱり断言する。
「そんな怖い顔をしないでよ」
すきあらばと狙うのが男の性かもしれないけど、あんまり疑いすぎるのもよくないと思うんだけどなあ。
この原稿は「小説家なろう」サイトで連載中のエッセイ『ゆっくりゆうやけ』において第57話として投稿しました。 『ゆっくりゆうやけ』のアドレスは以下の通りです。もしよければ、ほかの話もご覧ください。
http://ncode.syosetu.com/n8686m/