逃亡計画・・・1 1996年1月
1月2日 裁判所出頭その後荷物を整理し夕方出発する。ニューデリー19・45発バイシャーリーExp
1月3日 8・00時ゴラクプール着
国境を抜けるには時間が早過ぎる。バスで2時間程のところに仏教4大聖地の一つ仏陀涅槃の地クシナガルがありそこへ行く。時間的にちょうど良い。夕方5時頃、国境の町スノウリへ戻る。町の真中をインドからネパールへ通る一本道がある約100m、途中にインド出入国管理事務所と税関がある。道幅は5mくらい。印・ネ国境には通行止め遮断機の長い棒がある。ネパール側に向かって右端に頑丈な杭があり、その杭に取り付けられた跳ね上げ式遮断棒だ。棒の先端をロープで縛りそのロープによって遮断棒の角度を調整している。普段は45度くらいの角度で遮断棒は開いていた。夜間は地面から1mくらいの高さで固定され車輌は進入できないようになっているが人間は棒の下を通る事ができる。遮断棒の先端側に国境警備隊員の詰所があるが常駐しているかどうかは不明だ。印・ネ国境の遮断棒を抜けるとネパール国内になる。がそこにもインドと同じ様にネパール側の出入国管理事務所と税関がある。それを抜ければ国境を突破した事になり、まあ一安心というところだ。スノウリ発カトマンズ行きの最終夜行バスは20・00時だと聞いている。だがこの便は信用できない。乗客が多ければ積み残すし、乗客が少なければ運休になる。国境を無事に越えたら早いバスでスノウリを離れることだ。町に長くいると何が起こるか分からない、危険でもある。外国人旅行者が多いカトマンズに紛れ込んでしまえば、もし捜査が始まったとしても時間を稼げる。
1月4日(木) 朝、カトマンズ着。定宿であるモニュメンタル・ロッジにチェック・インする。これから先は一度マリーと作った計画と同じだ。スンダルに会い警察署へ行く、パスポートの盗難証明書の交付手続きをして証明書を受取る。
1月5日(金) カトマンズ在日本大使館へ行きトラベル・ドキュメントの交付手続きをする。だが、この日は大使館が開いているかどうか不明だ。6日(土)7日(日)は閉館だから年始の仕事初めは8日(月)と考えた方が良さそうだ。そうであるなら出発を1週間遅らせるべきだ。その点についてぼくは迷っている。こういう迷いは良い結果を生まない。