今年の、2月だった。
日本カトリック教会の司教たちが、「憲法九条にノーベル平和賞を」、という運動をしていると知ったのは。
何気なく憲法を読めば、「平和のため、率先して武力を放棄し、日本は決して戦争をしない。」という、一見素晴らしい文言にもなる。
けれどもそれはよく吟味してみると、「他国に攻められ、親や妻子がなぶり殺しにされても、」「黙って見ていなさい。日本人は無抵抗のまま殺されても仕方がない。」
という、残酷な文言にもなる。先の大戦の歴史も、調べてみれば、日本ばかりが責められるのでなく、列強が手を組み、わが国を戦争へと追い詰めて行った。そんな資料も、明らかになりつつある今、果たしてこの自虐の憲法を、後生大事にしていて良いのかと、疑問を抱く人々が増えてきた。
カトリック教会の司教たちが、今になり取ってつけたように、「日本にだけ残虐な憲法」を何故讃えるのか。人間でもないのに、九条にノーベル賞を与えるなど、不可解としか思えない運動だった。
私がわざわざブログに取り上げたのは、このカトリック教会の運動に、皇后陛下が理解を示され、支援をされているという事実を知ったからだ。
「こともあろうに皇后陛下が、左翼の空論に心を寄せ、」「私たちの願いを、足蹴にされているのだとしたら、」「庶民はどうすればよいのか。もちろん私は、」「簡単に絶望するほど若くないし、純粋でもないが、」「底なしの失意に転げ落ちそうな、今宵だ。」
先日の、ブログの最後に書いた言葉を、今でも覚えている。
今日は、そんな素朴な悲嘆でなく、国民の一人としての、怒りである。現在、ネットの世界では、皇后陛下への批判が見られるようになり、日を追うごとに激しさを増している。信じたくない話が多く、皇室を傷つける畏れもあり、ずっと口を噤んできたが、それでは済まされない事実を知ってしまった。
昭和天皇が崩御されたのは、昭和64年の1月7日だった。
左翼共産主義者は別として、国民の多くは陛下の病状を案じ、報道される容体の情報を見守っていた。年老いて弱られた陛下が、自分の病気と懸命に闘っておられると、私たちは信じていた。マスコミは報道しなかったけれど、当時の陛下は、別のものとも闘っておられた。
陛下が崩御される前年に、宮内庁で、重大な人事移動が行われている。
病気と闘われている陛下の身近にいて、54年間も仕えてきた、徳川侍従長が突然4月に更迭された。同じく6月に、富田宮内庁長官が急に更迭された。
病床の陛下を、一番親身になってお世話する二人を、なぜ更迭したのか。陛下は、お二人を信頼しておられたというのに、誰がこのような残酷な更迭人事を行ったのか。庶民である私たちでも、大病で弱っている時、信頼する人間が周りにいてくれる心強さは、計り知れない。それがある日突然、見も知らぬ人間と交代したら、病人の容体は悪化する。
これが常識だから、そんな薄情なことは誰だってしない。
それなのに、病床の陛下には、国民の知らないところで、こんなにも残酷な人事が行われていた。あの折の内閣は自民党だったが、昭和天皇のお姿を見ながら、宮内庁のトップ人事を、果たして政治家が独断で、実行するであろうか。いったい誰が、このような理不尽な人事を考え、指示したのか。
私は、どこかのブログで見た話を思い出した。
「昭和天皇が亡くなられた後、香淳皇后は、マスコミの前から姿を消されてしまった。」「香淳皇后は、現皇后陛下に辛くあたられ、俗に言う、嫁いびりもされたと、」「週刊誌が、書いていた。」
「老人性痴ほうの進まれた香淳皇后は、退官したした女官と、電話で話をされるのを、唯一の楽しみとされていた。」「或る日突然、現皇后陛下の御指図で、」「香淳皇后と、女官を繋いでいた電話が、撤去された。」「これはお元気だった頃、自分をいじめた香淳皇后への仕返しだった。」
そのようなことがあるはずはないと、ずっと否定してきたが、昭和天皇ご病気の折の、宮内庁人事の不自然さを知ると、電話撤去の顛末を述べたブログを、信じずにおれなくなった。
私の推測なので、反論する人もいるだろうが、昭和天皇と香淳皇后への対応には、共通する陰湿さがある。慈愛の表情で国民の前に立ち、穏やかに国民に手を振る方に、かくも長い間、騙されてきたのかと、自己嫌悪に陥った。
皇后陛下は、国民にとって、日本史上まれな、「罪深きお方」と言わざるを得ない。
昭和天皇が亡くなられて以来、慎み深い表情の下で、皇室の伝統破壊を、堂々とされるようになられた。
一つは、あの丸いお皿帽子だ。二つ目は、肩幅の張った不思議なマント。これらはどう見ても、ローマカトリックの法王の衣装である。神道の伝統を護るべき皇室で、なにを好んで、あのように奇妙な装束を身にまとわれるのか。
三つ目は、コンスと呼ばれる朝鮮式挨拶である。
朝鮮では正しい作法かもしれないが、日本には日本の作法があるのに、何故それをされないのか。皇后陛下がされる挨拶だというので、銀行、デパート、航空会社等々、早速コンスを取り入れる会社が現れ、近所のスーパーでも、見かけるようになった。私は心の狭い人間だから、日本を憎悪する国の挨拶作法など、とても取り入れる気にならない。テレビの報道で、皇后陛下のこうしたお姿を見るたび、嫌悪の情が走り、反吐が出そうになる。
しかも、慰安婦問題で日本を攻撃し、捏造の嘘を世界へ発信する韓国に、なぜ心を寄せられるのか。韓国の言い分には、間違った事実が沢山あるというのに、なぜ皇后陛下は、韓国へ謝罪されるというのか。
このような方を、長い間尊敬してきた私だった。奥ゆかしい、素晴らしい方と信じてきたのに、今では自己嫌悪のみとなった。
ご自分で「平和憲法を守りましょう」と言われながら、率先して自分が破られている。皇室が政治に踏み込んでならないと、憲法が規定しているのに、皇后陛下のなされていることは、すべて政治絡みの行為でないか。憲法を平然と無視される、なんという傲慢さ。
平成の世の終わり近くになり、皇室の伝統破壊と、歴史の否定を間近に見て、私は深い悲しみを覚える。皇室を批判すると、共産党や民主党が快哉を叫び、社会が混乱すると、我慢してきたが、ここまで皇后陛下に混乱させられるのなら、黙っている必要がなくなってしまったた。
私を不敬だと一蹴する、保守の方々に言いたい。北畠親房の言葉を、思い出されては如何か。その時が今なのだと、危機感を共有していただきたいと・・。
「君は尊くましませど、民を苦しめれば、天これを許さず。」