在日本大韓民国民団 中央民族教育委員会企画 在日コリアンの歴史作成委員会編 「在日コリアンの歴史 (歴史教科書)」(平成18年刊)を読了。
本を編纂した中央民族教育委員会の李委員長の巻頭言を、紹介する。
「本書は、学校で実際に使われている教科書に、代わるものではありません。」「副読本として、民族学校や、民族学級などで活用されることを望むものであり、」「いわば学校教材であり、知識を満たす読み物でありたい、とのスタンスにたっています。」「日本の方々にも、在日コリアンの歴史を、事実ありのままに、知って欲しいというものです。」
内容は大きく二部に分けられ、一部の表題が「解放前」で、二部の表題が「解放後」となっている。韓国政府の言う、「日帝支配36年」からの解放前と、解放後の在日コリアンの歴史という意味だ。さらに一部が、一章と二章に分けられ、二部が、四章と五章に分けられている。
例えば二章の中身を引用すると、1. 関東大震災と在日朝鮮人の受難 2. 差別と偏見の中での定着過程 3. 強制連行、徴用、徴兵の時代、と表題がついている。中身を述べると煩雑になるので省略するが、要するに戦後の韓国政府が一貫してする、日本非難の主張が貫かれている本だ。
先日読んだ黄文雄の著作の言葉を引用すると、内容全体がもっと分かりやすくなる。
「韓国政府は、" 日帝36年 " の略奪、搾取、虐殺などを強調し、」「義兵運動や三・一運動などの反日運動を、あたかも英雄的な抗戦のように宣伝している。」「しかし韓国人の反植民地運動など、いかなる国のそれと比べても話にならないほど小規模で、勢いがない。」「それは、台湾の民族・民衆運動と比べても明らかだ。」
つまりその通りだから、これ以上の説明は、いらない。
この本も叔父の蔵書の一部なのだが、何を好んで、叔父はこんな教科書の副読本を購入したのだろう。在日の韓国人があまり日本人を非難するので、どうしてそうなるのかと、叔父は事実が知りたくなったのだろうか。
日本人の書いた本でなく、民団の教育委員会の本なら間違いないと、真面目な叔父は、疑わずに買ったのだろう。一途な気持ちが、自分にはわかる。
けれども叔父は、本の中身に納得せず、すぐに別の一冊を求めている。叔父の本棚で、隣り合わせにあった書が、今そのまま手元にある。
平成18年刊「別冊 正論」7月号だ。表紙に書かれた文字は、「反日に打ち勝つ!」「日韓・日朝歴史の真実」。民団の教科書副読本も、平成18年刊だから、読後即座に求めたのか、あるいは用心深く、あらかじめ二冊同時に買ったのか。自分なら、予め二冊を求めるだろうから、もしかすると叔父はそうしたのかもしれない。
昨年の5月に、徐京植(ソ・キョンシク)氏著「在日朝鮮人てどんなひと?」(平成24年 平凡社刊)を、読んだ時は、怒りに駆られ、可燃物のゴミ袋に入れて捨てたが、民団の本も同類の書だ。こうした類の書物が、国内で沢山出版され、書店に並べられていると知った今では、怒りにかられることが少なくなった。
それよりも、どうしてこのように事実を歪曲し、日本を憎悪する本が、かくも大量に流通しているのか、そちらの方が疑問になってきた。事実ならまだしも、捏造に近い本が、在日の学校で副読本として使われていても、黙認している日本がおかしいのではないか。
徐氏は東京経済大学の教授だったが、民団の副読本の執筆者も、大学の教授が大半だ。面倒だが、参考までに書き抜いてみよう。
1. 姜在彦 花園大学客員教授
2. 姜徳相 滋賀県立大学名誉教授
3. 金敬得 故人 弁護士
4. 朴一 大阪市立大学教授
5. 姜誠 ルポライター
6. 鄭大聲 滋賀県立大学名誉教授
執筆者たちは、在日の生じた原因は日本の植民地支配だと、口を揃えて述べているが、これについては、今回わざわざ調べなくとも、昨年五月に、私が、徐氏の「在日朝鮮人てどんなひと?」を読んだ時に調べた事実を、一部引用すればこと足りる。
「しかし当時は、朝鮮そのものが、北と南に分裂して互いに戦争状態にあったため、在日朝鮮人の帰還は困難を極めた。」「在日朝鮮人の多くは共産主義者を弾圧する韓国への帰国を躊躇し、韓国政府も又在日朝鮮人の受け入れを拒否した。」
「結局赤十字の斡旋のもとで、北朝鮮への帰還が大々的に行われ、170万人が日本を後にし、残りの60万人が自分の意志で残ったと、私の調べた事実はそうである。」「この事実のどこを見て、日本政府が彼らを見捨てたと断定できるのだろう。」
「残っている60万人の在日朝鮮人のほとんどは、職を求めてやって来た密航者であり、これが植民地支配の結果だと、どうして決めつけられるのか疑問でならない。」
あの時、私は、次のようにも述べた。
「自殺したノムヒョン大統領が、在日朝鮮人を評した言葉を氏は知らないのだろうか。」「在日は同朋ではない。国が一番苦しい時に、彼らは日本でぬくぬくと暮らしていた。国を裏切った人間たちだ。」
「だから氏のような在日朝鮮人には、帰る祖国がないというのが現実なのだ。」「それなのに彼らは、日本で言いたい放題をしている。」「自分の立場を知り、もっと謙虚になり、反省しなさいと、こっちの方が言いたい。」
この言葉は、そのまま民団の執筆者たちにも当て嵌まる。行くあてのない棄民なら、日本にいて憎悪を燃やし、わがままを言うなど、どうしてできるのか。むしろ民団の執筆者たちは、ノムヒョン大統領の言葉や、在日の帰還に力を尽くした日本政府の努力を、きちんと伝えるべきでないのか。
お花畑の日本人たちが、そんな私に向かって言ったことがある。
「在日は、惡い人ばかりではありません。」「日本人以上に立派で、良い人が沢山いるのです。」
だから私も、言った。
「日本の軍人たちは、惡い人ばかりではありません。」「韓国人以上に立派で、良い人が沢山いたのです。」
「だが韓国政府と、韓国人達は、バナナの叩き売りみたいに一まとめにして、」「日本軍は全部極悪非道で、暴虐の限りを尽くした。」「韓国人を、なぶり殺しにしたと言っています。」
「日本人全体を悪口雑言する、韓国が目の前にいるのだから、在日を一まとめにして批判する私の、どこがおかしいのか。」
私は親韓の左翼や政治家やマスコミや、赤い美智子様とは違う。相手が捏造の嘘で攻撃するのなら、卑屈に詫びを入れたりしない。このような副読本が、堂々と在日の学校で使われ、反日思想の発信源となっていることを、果たして多くの日本人は知っているのだろうか。
そのうち、いずれ日本は、在日問題に真正面から取り組む日が来ると思う。在日をこのままにしておくと、彼らは日本の中に治外法権の町や市を作り、日本の治安を乱す元となる。
私たちは、共産党や民進党、あるいは訳の分からない左翼小野党に、選挙の一票を入れてはならない。帰化人や二重国籍者が大ききな顔をしている野党に、騙されてはいけない。彼らこそが、このような有害図書に理解を示し、支援し、援助している元凶の一つだから、選挙の一票を入れてはならない。
手前味噌になるが、自分の縁者ながら、叔父は偉かったと思う。いくら本を読んでも、一方の意見だけにせず、対立する側の本を常に求めていた。そんな叔父と、生きている間に、会話をしなかったことが、悔やまれる。
しかしこれもまた、人生だ。
今晩は禁酒の日でないから、三男から貰った特上の焼酎を、オンザロックでなみなみといっぱい飲んだ。心地よい酔いが、暗い話を吹っ飛ばしてくれた。だからもう、今夜はこれで終わりとする。
酒の肴は、やっぱり今夜も沖縄の「モズク」。それと焼きちくわにベビーチーズだった。