ねこ庭の独り言

ちいさな猫庭で、風にそよぐ雑草の繰り言

ドイツ魂 - 3 ( ドイツ魂と大和魂 )

2019-07-26 15:38:42 | 徒然の記
 「エピローグ - 〈 ドイツ魂 〉というもの」と題された、最終章です。桝谷氏が経験した30年前の話で、現在の時点から計算すると43年前のことになります。
 
 ドイツ語教員の国際セミナーに参加した氏が、帰国間際にライン川下りを楽しみました。船の待ち時間があるため、ホテルのバーカウンターでビールを飲んでいると、一人の紳士に声をかけられます。
 
 「失礼だが、日本の方ですかな。」
 
 白髪で長身の彼が、片手にワイングラスを持ち、隣に座って良いかと尋ねてきました。退屈していた氏が、うなづきます。
 
「私は若い頃、シベリアに何年かいたのですよ。ソ連軍の捕虜になってね。」
「それは、大変なご苦労をされたのですね。」
「よく生きて帰ることができたと、神に感謝しています。」
 
 彼の話によると捕虜収容所には、ドイツ人だけでなく日本人も沢山いたとそうです。極寒の地で、原生林から木を切り出す重労働のため、仲間が次々と倒れ、戦後の帰国時には人数が半分以下に減っていたと、紳士が話します。
 
 シベリアの捕虜の話となりますと、私は他人事でなく受け止めてしまいます。父は原生林での伐採作業でなく、炭鉱で働かされていたのですが、同じ過酷な労働だったはずです。
 
「しかし日本人は偉かった。」
 
紳士が思いがけない言葉を口にし、桝谷氏の顔を覗き込んできます。
 
 「われわれドイツ人の将校や兵士たちは、自分の利害のみで行動していたが、日本人の将校は、まず部下のことを第一に考えていました。」
 
「例えばソ連側が、ノルマが果たせなかった部隊の、兵士たちの食事を減らそうとした時、日本の将校は激しく抗議し、部下を必死にかばった。」
 
 「そのため将校は、不服従ということで営倉に連行され、三日間監禁されたのです。」「零下何十度にもなるシベリアで、暖房もない、小さな部屋に閉じ込められるということは、どうなるか分かりますか。」「やっと解放された時、その将校は虫の息だったそうです。」
 
 「戦争が、ドイツ人をすっかり駄目にしてしまった。」「それにひきかえ日本人は、今も昔も武士の心を失っていない。」「確か、ヤマトダマシイと言いましたね。シベリアで、日本人から教わりました。」
 
 「でも貴方達ドイツ人は、素晴らしい復興を遂げて、僕たち日本人は、いつもお手本にしてきました。」「ドイツの製品は、日本でも憧れの的です。」
 
 「そう、ドイツの魂が生きているのは、今ではそうした仕事をしている、マイスターたちの中だけにあるのでしょうね。」
 
 二人は船の時間が来たため、別れます。私が氏を立派だと思うのは、紳士の話で有頂天にならず、真面目に考え続けたところです。ここにはあの軽薄な氏がいなくなり、ドイツ贔屓の一人の日本人がいます。
 
 「でも僕は、ドイツのあちこちの街を旅したり、住んでみたりして思うのだ。」「やっぱり、あの 〈 ドイツ魂 〉 は、」「ドイツのいたるところに、普通のドイツ人の心の中に生きているように見える。」
 
 「彼らの理想とする頑固と丈夫は、ドイツ製品の中だけでなく、ドイツ人の精神の中に、今でも、息づいているのではないか。」
 
 私は、次の氏の言葉を、息子たちに伝えたくなりました。
 
 「日本人も、あのシベリアの指揮官だけでなく、一般の人々でさえ、昔はやっぱり、ドイツ人たちと同様に、いや、それ以上に頑固に、自説を主張し、義務や仕事は責任をもって実行し、木造の家を作っても、何百年も持ちこたえる丈夫なものを、当たり前としてこしらえたのだ。」
 
 「それがなんだか、おかしくなり始めたのは、あの老紳士が、ドイツ人を叱ったように、戦争が、僕たち日本人を駄目にしたのかもしれない。」
 
 「すっかり自信をなくした国民ほど、惨めなものはないのだ。」「どう考えても、僕たち日本人の方が、もっと 〈大和魂 〉 を失っているのではなかろうか。 」
 
 「21世紀が目前に迫った今、次の世紀には、僕たちはもう一度、僕たちの先人が、19世紀までに築いてきたものを再発見して、本来の日本を回復することが必要だと思う。」
 
 もう少し長いのですが、私にも息子たちにも、これで十分です。
私と氏の思いが、最後に来て重なりました。戦争に負け自信をなくしましたが、日本人は駄目になったのではありません。今も日本人の魂が生き続けているはずと、氏が述べますがその通りです。
 
 シベリアから戻ってきた父も、意気阻喪していませんでした。捕虜生活について話さなかっただけで、貧乏に負けず愚痴も言わず、陽気に私を育て大学へ行かせてくれました。
 
 昭和19年生まれの氏は、私と同じ年です。酷評しましたが、ブログの1回目で述べたとおり似たものがあり、親しみを覚えています。私はまだ75才なので、きっと氏も存命のはずです。元気で頑張って欲しいと思います。
コメント (5)
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ドイツ魂 - 2 ( 世界を知らずに本を書く、大胆さ )

2019-07-26 05:13:21 | 徒然の記
 ドイツが、アメリカに匹敵する訴訟社会であることを、氏の本を読むまで知りませんでした。ドイツには弁護士保険というものがあるらしく、交通事故だけでなく、日常生活で面倒に巻き込まれた時、この保険に入っていれば便利なのだそうです。
 
 ドイツ行きが決まった時、氏はそんなものは関係ないと、最初は高をくくっていましたが、周囲に勧められしぶしぶ保険に加入します。ところがいざ、アパートに引っ越してみると、借りた部屋の地下倉庫に鍵がかかっていて使えません。世話をした不動産屋に掛け合ってみても、「そのうち」「近いうちに」と言うだけで、二ヶ月が経ってしまいます。やむなく氏は弁護士保険を使い、知り合いの紹介で弁護士に依頼します。
 
 「弁護士に電話をすると、一週間もしないうちに物置はすっかり片付けられ、無事我が家の荷物が収められた。」「あの弁護士がどう言う書面で、不動産屋を脅したのか知らないが、あのタヌキ親父が、あっという間に行動したところを見ると、やっぱり専門家に任せるのが正しかったわけだ。」
 
 謹厳実直なのがドイツ人だ、聞いていますから、意外な思いがしました。氏のドイツ人論を聞かされますと、さらに驚かされます。
 
 「だいたいドイツ人は、自分が間違っていても、あるいは、交通事故の加害者であろうと、自分が悪いとは絶対言わない連中だ。」「だから彼らとやり合うには、忍耐強く、長期戦を覚悟しなくてならない。」
 
 「どうりで街を歩いていると、やたらあちこちのビルの看板に、〈なんとか弁護士事務所 〉 と書かれたものが、目につくが、それだけ弁護士の需要が多いと言うことらしい。」
 
 37ページの叙述です。ドイツが、アメリカに負けない訴訟社会と知り、呆れましたが、それ以上に呆れたのは、氏の文章です。ドイツびいきで、ドイツを知ると言う人物が、ドイツ人のことを、果たして「連中」などと言うでしょうか。
 
 私がドイツ人なら、無礼な氏を、許さないだろうと思います。文章も軽薄ですし、これでは、慶応大学の教授にはなれないだろうと、納得しました。
 
 53ページには、さらに詳しくドイツ人気質が語られています。
 
 「ドイツの街で、お上りさんよろしく、地図を広げて、立ってみるといい。」「すみませんがなどと、こっちが言おうものなら、待ってましたとばかり近づいてくる。」「その目的とするところを、知らなかったとしても、決して彼らは知らないとは言わないだろう。」「そこは何度も行ったこととがある、と言う顔つきで、自信を持って教えてくれるのだ。」
 
 「そう彼らは、たぶん人にものを教えることが、いや、自分を他人に強く印象づけることが、好きなのではなかろうか。」「だから、曖昧なものの言い方を嫌い、はっきりと、歯切れの良い調子で、断言するのだ。」「その内容が正しいのか、あるいは単に憶測であるのか、それは彼らにとって、大したことではないのだ。」
 
 「大事なことは断言し、断固として主張することにある。」「つまりドイツ人は、自己陶酔型の人々なのかもしれない。」
 
 得意そうに書いていますが、これを読んだ時、氏はドイツはおろか、あまり世界を知らない人物だと感じました。かって私が勤務していた会社は、国内だけでなく、海外にも子会社を持ち、現地法人としていました。鄧小平氏が初めて日本を訪れ、日中双方が「熱列歓迎」で盛り上がっていた頃です。
 
 中国、香港、上海、タイ、マレーシア、インドネシア、シンガポール、フイリピンなど、正確な数は忘れましたが、当時私は、国内・海外の子会社を統括する部署にいました。現地法人の社員の世話をしたり、訪問してくるネイティブ社員の面倒を見たりしていました。ドイツ人に限った話でなく、アジア諸国のネイティブ社員はみんなホラ吹きでした。
 
 朗らかで明るいのですが、経験したことのない仕事でも、第一人者のように自己PRをします。過ちを認めず謝罪せず、言い訳の天才ばかりです。約束しても時間は守らないし、黙って聞いていると、自己主張を何時間でも続けます。
 
 民族が対立し混じり合い、興亡したりを繰り返す歴史を持つ彼らは、自己主張することが生存の基本です。過ちを認めることは敗北で、死を意味する場合もあります。大陸国家に生きる人間の、自己防衛本能と私は理解しています。
 
 「日本の常識は、世界の非常識。」と言うのが、私たちの部の共通認識でしたから、この経験からしますと、氏の意見は珍しくありません。むしろドイツ人の方が一般的で、律儀でお人好しの日本人の方が、世界では異端なのかもしれません。ヘンテコな理屈で、私たちを悩ませていてる韓国をみてください。あるいは横車押し、日本を手玉に取っている中国をみてください。基本的にはドイツ人と、同じです。
 
 氏のような知識人でありませんが、会社の仕事を通じて、世界を多少知っていたのかと改めて知りました。少しばかりの知識と経験で本を書くと言う大胆な氏に、や泥きながら、残りの部分を読みました。
 
 つまらない本であることが、息子たちに伝わったと思いますので、長い書評はやりません。あと一回、氏の著書で感心した部分を紹介し、それで終わりにします。
コメント (2)
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