田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

霧降の滝/三億八千万年の孤独 麻屋与志夫

2011-03-21 00:04:03 | Weblog
3

女が少年を連れてドアを押した。
レジにいたマネージャーが、はっと驚いた表情をみせた。
それでも、あわてて客を迎える顔をとりもどした。
「ごぶさたしたわ」
女がマネージャーにだけ聞けるように声をひくめた。
 
昼食にはまだすこし間がある。
一階にはほかに客はいない。
ウエトレスが近寄ってきた。
コートをマネージャーに預けて挨拶をかわしている彼女のほうを見ている。   
席に案内するタイミングを計っていたのかもしれない。

滝のよく見えるベランダ際の席へ案内された。
「すばらしい。ナイススペクタクル」
少年が大人びた様子で賞賛する。

滝を見下ろせる席に着く。
感傷に浸るようにしばらく滝を見ていた。
しばらくして、少年と向き合うとメニュを手にした。

「わたしは、舌ヒラメのムニエル。あなたは、」
あなたはと呼びかける。
恋人どうしの雰囲気になっていることに女は満足している。
「あそこに、滝壺に降りる道があったのよ。ほら模造丸太でちいさなトウセンボがしてあるでしょう」

皿はさげられ、コーヒーがテーブルにはこばれてくる。
香ばしいイイ匂いがしている。
窓の外をゆびさして女が少年に説明する。
「ああ、あのガードバー」
「あそこから下りたことがあるの」
女が涙声になる。
「なにかあったのですか」
「彼が途中の崖から転落死したの。どうしても滝壺を見たい。滝壺から霧降の滝を見上げる写真を撮りたい。鳥瞰の写真はあるが俯瞰のものは少ない。霧降の美しさは滝壺まで下りなければとらえられない。彼、プロのカメラマンだったの」

少年の顔が話の途中から、さっとくもった。
沈黙。
なにか悟ったような深い沈黙。
もうなにもいわないのではないか。
と感じるほどの沈黙。

「今日が彼の命日なの。悪いわね。しめっぽい話につきあわせてしまって」

沈黙。
そして少年は吐息をもらした。
女は回想の中に埋没して、少年の反応を見落としていた。




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