田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

黒髪キリコ/三億八千万年の孤独 麻屋与志夫

2011-03-29 13:04:12 | Weblog
4

「わたしのことはいいから。おねがい。やめて。やめてください」
少女は哀願していた。
サル彦が攻撃の手をやすめる。
少女は泣きだしていた。

「どういうことなのですか」
隼人ははじめから攻撃の技をかけていない。
サル彦が引く。
老人から放射されていた、戦意の呪縛がうすらぐ。
瀬音がよみがえった。
サル彦と隼人の頭上。
日光山内の樹木のこずえが初冬の黒髪颪に騒いでいた。

隼人は旧知の老人に話しかける気やすさで声をかける。
「教えてください。ぼくらはいまさら戦うことはないと思います。
この日光でいまなにが起きているのですか」
「わかるか」
「感じるだけです」

不許葷酒入山門

禅寺の戒壇石にはそう刻んであった。
青苔に覆われている。
かろうじてそう読みとることができる。
三人は並んで戒壇石の脇を通る。
そこには、門はない。
だがそこからを境界として空気が清らかな感じになった。
あれほどの死闘をくりひろげたのに、サル彦も隼人もけろっとしいる。

囲炉裏端に座ったサル彦は、老僧の姿。
キリコは着物姿に変わっている。
このほうが、実体をともなった姿なのだろう。
「隼人さん、わが家に婿に来ないか。このキリコと夫婦になってくれ」
「オジイチャン。もういいから」
「そういうことでしたか」
「そういうことだ。フロリダの隼人くんのパパから連絡があった。」
サル彦の口からパパなどという言葉がとびだすとは思わなかった。
心配性の父だ。息子が日本に行く、日本に行けば日光に行く。
霧降で死んだ直人。
従兄の三周忌だから。
ぜひ、会ってみてくれ、くらいの連絡があつたのだろう。

だから初めから、サル彦の攻撃には殺意はなかった。
隼人の力量をみきわめたかったのだ。
キリコは赤くなってうつむいている。
いまどきめずらしくうぶな少女だ。
ふいに、囲炉裏の火が揺らぐ。
炎がすっと細く立ち昇る。

「オジイチャン。あいつらよ」
キリコがいやな顔をした。
見たくはないものを見なければならない。
泣き出しそうな顔になった。
隼人にも凶念がふきよる。
背筋がざわざわとさわぐ。
無数のウジ虫でもはいのぼってくるようだ。
縁側から黒い霧が近寄ってくる。
黒い霧がしだいに具象化する。
 


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