第4章 イジメ 小野崎慧のケース。
1
電話が鳴った。
誠はベッドサイドの目覚まし時計に目をやった。
午前2時。
独りだけの部屋は寒々と冷え込んでいた。
吐く息が白い。
このぶんだと零度ちかい室温だろう。
受話器からはきき覚えのある声がびびいてきた。
拡声機能のスイッチを押した。
まさかこんな時間に電話がかかってくるとは思ってもいなかった。
西早稲田にいる家族になにかかわったことがあったのか。
誠はどきりとした。
だが、深夜にかかってきた電話は予期せぬ男からのものだった。
静謐な部屋にいまは疎遠となっている声がひろがった。
電話機のむこうで――。
なつかしい気配がしていた。
「誠くんか……?」
だがそれは、あまりに悲痛な声だった。
部屋の温度が一瞬凍てつくような悲痛な声音だった。
そしてその悲しみに満ちた声には……。
暗く陰鬱な心のひびきが含まれていた。
宇都宮の小学校に現在は勤務している友人の小野崎の声だ。
翔太を上京させる決心をしたきっかけとなった電話。
あのときから、小野崎との交際は途絶していた。
担任の我田先生に翔太が虐待された。
誠が、ほとほと困り果て相談して以来、聴く声だった。
一声で、言葉はとぎれる。
嗚咽がかすかにきこえる。
なにかおかしい。
ただならぬ気配が伝わってくる。
想像もできないような異変が小野崎の身にふりかかったにちがいない。
この時間だと交通事故ということもないだろう。
慧くんが病気で重体だとか。
あるいはおくさんの照子さんが倒れたとか……。
まだつづいている嗚咽に誠は問いかけた。
「どうしたんだ、なにかあったのか……」
「神沼も雪か…」
引き忘れたカーテン。
窓のそとはなるほど庭の常夜灯に照らされて雪が降っている。
「ああそうだ」
「寒かっただろうな」
声がとぎれた。
誰のことを話しているのか。
誰が寒いといっているのか。
主語が欠落している。
翔太のことで電話した。
「組織の中で生きたことのないおまえになにがわかる」
と反論された。
翔太を迎えに行ったとき、理科室での中島と同じようなことをいった。
すがるような気持ちで相談した。
そうしたことばがもどってくるとは思ってもみなかった。
それで小野崎との間も、気まずくなっていた。
学校にたいする批判的な誠の言葉を小野崎は極端に嫌がった。
決して批判している訳ではない。
担任の先生からのイジメを回避するはことはできないものか。
……と思っての相談だった。
小野崎の返事は、小心というよりは。
公務員としての保身がさきだっていた。
それはやむを得ないことだと思った。
べつに腹も立たなかった。
そのまま関係が途絶えた状態がつづいていたのだ。
その彼の沈黙にただならぬものを感じとった。
「いま病院から帰ってきたところなんだ。
慧が死んだ。
自殺だ。
体育教師の暴力に抗議するという遺書がのこされていた」
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電話が鳴った。
誠はベッドサイドの目覚まし時計に目をやった。
午前2時。
独りだけの部屋は寒々と冷え込んでいた。
吐く息が白い。
このぶんだと零度ちかい室温だろう。
受話器からはきき覚えのある声がびびいてきた。
拡声機能のスイッチを押した。
まさかこんな時間に電話がかかってくるとは思ってもいなかった。
西早稲田にいる家族になにかかわったことがあったのか。
誠はどきりとした。
だが、深夜にかかってきた電話は予期せぬ男からのものだった。
静謐な部屋にいまは疎遠となっている声がひろがった。
電話機のむこうで――。
なつかしい気配がしていた。
「誠くんか……?」
だがそれは、あまりに悲痛な声だった。
部屋の温度が一瞬凍てつくような悲痛な声音だった。
そしてその悲しみに満ちた声には……。
暗く陰鬱な心のひびきが含まれていた。
宇都宮の小学校に現在は勤務している友人の小野崎の声だ。
翔太を上京させる決心をしたきっかけとなった電話。
あのときから、小野崎との交際は途絶していた。
担任の我田先生に翔太が虐待された。
誠が、ほとほと困り果て相談して以来、聴く声だった。
一声で、言葉はとぎれる。
嗚咽がかすかにきこえる。
なにかおかしい。
ただならぬ気配が伝わってくる。
想像もできないような異変が小野崎の身にふりかかったにちがいない。
この時間だと交通事故ということもないだろう。
慧くんが病気で重体だとか。
あるいはおくさんの照子さんが倒れたとか……。
まだつづいている嗚咽に誠は問いかけた。
「どうしたんだ、なにかあったのか……」
「神沼も雪か…」
引き忘れたカーテン。
窓のそとはなるほど庭の常夜灯に照らされて雪が降っている。
「ああそうだ」
「寒かっただろうな」
声がとぎれた。
誰のことを話しているのか。
誰が寒いといっているのか。
主語が欠落している。
翔太のことで電話した。
「組織の中で生きたことのないおまえになにがわかる」
と反論された。
翔太を迎えに行ったとき、理科室での中島と同じようなことをいった。
すがるような気持ちで相談した。
そうしたことばがもどってくるとは思ってもみなかった。
それで小野崎との間も、気まずくなっていた。
学校にたいする批判的な誠の言葉を小野崎は極端に嫌がった。
決して批判している訳ではない。
担任の先生からのイジメを回避するはことはできないものか。
……と思っての相談だった。
小野崎の返事は、小心というよりは。
公務員としての保身がさきだっていた。
それはやむを得ないことだと思った。
べつに腹も立たなかった。
そのまま関係が途絶えた状態がつづいていたのだ。
その彼の沈黙にただならぬものを感じとった。
「いま病院から帰ってきたところなんだ。
慧が死んだ。
自殺だ。
体育教師の暴力に抗議するという遺書がのこされていた」
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