田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

お父さん、寒いよ イジメ教師は悪魔の顔/麻屋与志夫

2011-09-22 15:59:59 | Weblog
第4章 イジメ 小野崎慧のケース。

 1

電話が鳴った。

誠はベッドサイドの目覚まし時計に目をやった。
午前2時。
独りだけの部屋は寒々と冷え込んでいた。
吐く息が白い。
このぶんだと零度ちかい室温だろう。

受話器からはきき覚えのある声がびびいてきた。

拡声機能のスイッチを押した。
まさかこんな時間に電話がかかってくるとは思ってもいなかった。
西早稲田にいる家族になにかかわったことがあったのか。
誠はどきりとした。
だが、深夜にかかってきた電話は予期せぬ男からのものだった。

静謐な部屋にいまは疎遠となっている声がひろがった。
電話機のむこうで――。
なつかしい気配がしていた。

「誠くんか……?」

だがそれは、あまりに悲痛な声だった。
部屋の温度が一瞬凍てつくような悲痛な声音だった。
そしてその悲しみに満ちた声には……。
暗く陰鬱な心のひびきが含まれていた。

宇都宮の小学校に現在は勤務している友人の小野崎の声だ。
翔太を上京させる決心をしたきっかけとなった電話。

あのときから、小野崎との交際は途絶していた。
担任の我田先生に翔太が虐待された。
誠が、ほとほと困り果て相談して以来、聴く声だった。

一声で、言葉はとぎれる。

嗚咽がかすかにきこえる。

なにかおかしい。
ただならぬ気配が伝わってくる。
想像もできないような異変が小野崎の身にふりかかったにちがいない。
この時間だと交通事故ということもないだろう。
慧くんが病気で重体だとか。
あるいはおくさんの照子さんが倒れたとか……。

まだつづいている嗚咽に誠は問いかけた。

「どうしたんだ、なにかあったのか……」

「神沼も雪か…」    

引き忘れたカーテン。
窓のそとはなるほど庭の常夜灯に照らされて雪が降っている。

「ああそうだ」 
「寒かっただろうな」

声がとぎれた。

誰のことを話しているのか。
誰が寒いといっているのか。

主語が欠落している。 
翔太のことで電話した。
「組織の中で生きたことのないおまえになにがわかる」
と反論された。      
翔太を迎えに行ったとき、理科室での中島と同じようなことをいった。

すがるような気持ちで相談した。
そうしたことばがもどってくるとは思ってもみなかった。 

それで小野崎との間も、気まずくなっていた。
学校にたいする批判的な誠の言葉を小野崎は極端に嫌がった。
決して批判している訳ではない。
担任の先生からのイジメを回避するはことはできないものか。
……と思っての相談だった。
小野崎の返事は、小心というよりは。
公務員としての保身がさきだっていた。
それはやむを得ないことだと思った。
べつに腹も立たなかった。

そのまま関係が途絶えた状態がつづいていたのだ。
その彼の沈黙にただならぬものを感じとった。

「いま病院から帰ってきたところなんだ。
慧が死んだ。
自殺だ。
体育教師の暴力に抗議するという遺書がのこされていた」




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家庭の崩壊 イジメ教師は悪魔の顔/麻屋与志夫

2011-09-22 11:08:48 | Weblog
8

妻との通話をやめた。
受話器を置いた。

別にやることはない。
なにか……することがあるわけではなかった。

ビデオでジャズをかけた。
孤独な部屋に音がひびく。
キース・ジャレットの〈生と死の幻想〉。
ピアノソロの部分がひびきだした。

庭には遅い秋の雨がふっていた。
季節は確実に冬に向かっていた。
もうすぐ、木枯らしが吹く。
蕭条とした、うら寂びた冬になる。
北関東の小さな田舎町に冬が来る。
木陰が一層陰鬱なものとなった。

妻や子どもたちと離れた生活。
一人だけこの家に、この部屋にとりのこされている。
寂しく回想にふける。
別れて住むようになった初めての日々と同じ感懐に――。
なんど思い出し、孤独にたひたったことだろう。

あれから、寂しい夜が経過している。
ソファから起き上がる。
家の中は空漠としている。
隣近所でも夕食のはじまる時刻だ。

暗渠の水音は高鳴っているだろうか。
キッチンでは蛇口から水はまだ出ているのか。
食器の後片付けの時間は、すでに過ぎているはずだ。
どこの家庭でも、田舎街では、同じ時間帯に同じような暮らしかたをしている。
そして誠にはひとりぼっちの生活がつづいている。
妻のいないさびしい夜がはじまろうとしている。
 
雨になっていた。
とりこむのを忘れた洗濯物が二階のベランダにほしてあった。
両手を水平に広げてのばした形に吊されたシャツから洗濯挟みをはずした。
誠はじぶんが腕をひろげ十字架にかけられているような錯覚におそわれた。
洗濯挟みのかみあって閉じる音が短くひびく。
プラスチック製の挟みが片方だけはずされたので、シャツは均衡をうしなう。
片袖だけで、竿にすがっている。
だらりとたれさがった。
冷たい晩秋の夕風がベランダをふきすぎていった。
シャツが風にゆらいだ。
せっかく乾いたのに。
雨をぼってりと含んでしまった。
すっかり濡れてしまった。
空では季節はずれの稲妻が光りの動脈のようにきらめいていた。


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環境の変化 イジメ教師は悪魔の顔/麻屋与志夫

2011-09-22 08:07:11 | Weblog
7

神沼は昔から運動の盛んな街だった。
義務教育の課程でのクラブ活動の時間は延び。
過激な指導は体罰や言葉の暴力をともない。
とめどもなくエスカレートする。

誠も運動は好きなほうだった。
学生時代、野球をやった。
しかし、それはじぶんで選択した。
だれにも、強制された覚えはない。

勝利を掴むだけの練習はしなかった。
体を鍛える。
勉強もする。
といった、心を培った。
そう導いてくれた先生がいた。
すばらしい、先生もいた。
なによりも、面白くて運動をした。
 
選択の自由もなく、強制的に運動部に所属させられる。
なにか戦時中に父たちが受けたという軍事訓練が。
蘇ってきているようだ。
たしかに、60年間伏在してきた軍靴の音が。
聞こえだしたようだ。

(私の考えがおかしいのかもしれない)

運動は楽しくやろう。
学力が低下するほど、長時間やるのは考えものですよ。
勉強などする余裕がないほど疲れる。
疲れすぎた体は、勉強などうけつけない。

それが、妻にまで理解してもらえなかった。
しまいには、彼女まで。
翔太が勉強しないのは。
運動で根性づくりをしないからだ。
といいだしていた。
 
ね……誠ちゃん聞いてる?
運動と勉強のための根性はまったく別のものなんですってよ。
……(私が、なんどとなくいいつづけてきた言葉だ)
……勉強の根性は勉強を持続させることで身につくものなのですって。
いい担任の先生でよかったわ。
我田先生の書いた内申書は酷評だったみたい……。
守秘義務があるから内容については明かせないが。
どんなひどいお子さんかと心配していたのに。
真面目で活動的ですばらしいといってもらえたわ。
それに、塾にいくのは、悪いことだから、やめなさい。
……なんていわないわよ。
それだけでも転校させてよかったわ。

妻は誠を労り励ますために電話をかけてきたのだ。

(わたしをのこして、家族が東京に転居したことに責任を感じている)

確かに、ひとり暮らしは、想像している以上に苦労が多い。
電気釜のスイッチを保温に入れて。
いつになっても炊けない飯に腹を立てたり。
グラスに熱湯をそそいで割ってしまったり。
失敗続きだ。

じゃ、切るよ。
際限ない妻の饒舌。
つきあうのが苦しかった。
疲労がかさむばかりだ。
誠はめずらしく素っ気なく電話をきった。

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