田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

盗聴(4)/三億八千万年の孤独 麻屋与志夫

2011-04-12 05:36:14 | Weblog
4

たんなるイヤガラセであるわけがない。
たんなるノゾキ趣味にしては念が要りすぎている。

いくつしかけてあるかまだわからない。
家の周囲はキリコの連絡を受けた者たちが調査した。
キリコの兄の機関のスタッフがきてくれた。
近所にかならず盗聴している者が。
配置されているはずだ。
最後まで付き合いたかったが。
盗聴器を全部取り外すのにはまだ時間がかかる。
だいいち、取り外したほうがいいのか。
外せば、かれらがどうでるか。
目に見えない敵だけに。
不気味だ。

隼人はいらだっていた。
出発がおくれた。

「里恵さん、あのままさりげなく時間をすごせるかしら。
なにかいつもとちがう動きでもして、気づかれたらことよ」

キリコは、派手なピザ屋のラップがほどこされた配達車できていた。
駅付近の駐車場まで歩いて、隼人は乗りこんだ。
大口のデリバリにつかう車なのだろう。

「隼人、アメリカの麻薬シンジケートがからんでいるの。
隼人あなたの正体。いいかげんで教えて。
あなたたちのことは調べがついている」
「それはまた手早いことで」
「ちゃかさないで。わたしたち黒髪のモノもおなじようなことしているの」
キリコの兄たちも、おなじゅうなミッションに従事しているということなのか。

「ぼくらの能力を活かすとなると、そんなところだろうな」
「そうよ」
「それより。滝の音でもっと気づいたことがあるのだろう」
「わかったぁ」
「まあな」
「さすがぁ」
「ひやかさないでくれよ。そこまでだ。
なにかあると感づいただけなのだ。悲しいことだけどさ」
「直人さんは、あのときからアタイはおかしいと思っていたの。
事故でなかった。転落事故ではなかった。
そういうことも滝の音にかくれてひびいていたの。
滝が警告をはっしていたわ。アタイにはわかる。
近づかないで。滝の源流には、近づかないで。
近づかないで。そんな超音波がながれていた」
「滝の声か」
「たぶんね」
「直人にはきけていたのかな」
「たぶんね」
「直人は滝の声をききに、霧降の滝にかよっていたことになる」
「そういうことになるわね。
アタイね、まえからいやな予感がしていたの。
黒髪の女たちが。霧降高原の奥の奥にあるという鬼神のに。
拉致されてなにかやらされている。そんな感じがしていた。
サル彦ジイチャンもいっていた。
女たちを奪回しょうと忍んだが。
……女たちは性の供犠としてつれていかれたのではない。
なにか仕事をさせられているようだ。
警備がかたくての内部までは忍べなかった。
そんなこといっていた。アタイもそれ信じるよ」

キリコは興奮してアタイを連発しているのに気づいていない。
隼人は沈黙。
考えこんだときのこれまた癖だ。



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盗聴(3)/三億八千万年の孤独 麻屋与志夫

2011-04-11 08:28:08 | Weblog
3

盗聴電波がでている。
美智子の母、里恵は信じなかった。

盗聴されているらしいと筆談で密かにつげても。
信じなかった。

朝食の後片付けをしても……。
ただ青くなってふるえているだけだった。
筆談で知らせた。
盗聴器は。
ひとまず。
このままにしておくことを。
美智子が出かけてから。
取り外すことを。

里恵はそれでも。
不安そうな表情をかえなかった。
隼人たちは。
陽気な当たり障りのない会話をつづけた。
それから、盗聴器の発見と取り外しに立ちあった。
キリコの連絡で駆け付けた男。
キリコの兄の部下だという男が盗聴探知機で部屋から部屋を探した。
出発が遅れた。
もうこれ以上は待っていられない。
キリコと隼人は後のことは、盗聴器を三個までは発見した男たちに任せた。
新宿の河田町にある美智子の所属する「バンビ」の事務所に急いだ。

「どういうことなのだろうな」
車のなかで隣のキリコに隼人がきいた。
「熱烈なファンのストーカー行為ってことナカッぺね」
かなり前から盗聴されていたのだ。
美智子がカムバックしたことには、無関係だろう。
キリコが栃木弁をつかうときは、テレカクシらしい。
ふたりで肩を寄せあっている。
キリコは顔を赤らめている。

「彼女は命まで狙われた!! 
日本はいつから……こんなブッソウな国になった。
白昼刺殺魔がでたり」
「海外にいたのに、よくしっている。
美智子さんのことが気になっていたのケ」
「彼女とはあったばかりだ」

美智子の言葉を借りれば、引退同然の生活をしていた彼女なのに。
盗聴器をしかけるなんてどこの組織だ。
なぜ?




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盗聴(2)/三億八千万年の孤独 麻屋与志夫

2011-04-10 08:59:37 | Weblog
2

美智子と同じ屋根の下で……。
夜を過ごした隼人。
キリコは気がかりなのだ。
美智子の家に泊りこんだ隼人。
キリコは隼人の行動がかなり気になるらしい。

「それより知り合いがおおいらしいな」
えへっ、というようにキリコは舌をだす。
「兄もふくめて一族のものはほとんど、東京にいるの。
故郷日光をでたからって別の暮らしかたがあるわけじゃないわ。
忍びは忍びよ」
例えばどんな職業なのだろう。
隼人べつのことをきいた。
「敵はどういう筋のものかわかった?」
「サル彦ジイのことみんな悲しんでいる。
悔しがっている。だから……かなりくわしく調べてくれた。
あの美智子さんを襲って死んだ男については、
なにもわからなかった。
わたしたちの敵は鬼神ときまっているのだけれど、
美智子さんが絡んでいるから少し複雑。
わかったことはだからすくないけど。
それから、あの死んでいった男……あいつの頭の中はからっぽだった。
美智子さんを襲うHな妄想しかなかった」

目の前にいるキリコが、隼人には異常な能力者だと思われた。
あの男の額に手を当てていただけではなかったのだ。
臨死の男の心をリーデングしていたのか。
キリコがきゅうに黙りこむ。
かなり熱心に滝の音を聞いている。
なにか気になるらしい。
なにか気がかりなことがあるのだ。
いままでのオドケタようすはない。
隼人に調査の結果を報告しょうとしている顔ともちがう。
息をつめて真剣な表情で滝の音に耳を傾けている。
キリコの顔に怒気が浮かんだ。

そしてそっと隼人の手をとると「盗聴されてる」と指で書いた。
盗聴探知機みたいな少女だ。
それとも女忍者だから。
ほんとうに探知機くらいもっていてもフシギではない。
いろいろ隠し武器を、暗器をもっていそうだ。

おどろいて、隼人はキリコの手をひいてその場を離れる。
滝の音になにか変った音でもダブっていたのだろうか。
それともこの家のどこかに電波のみだれがあるのか。
霧降の滝の音を子守唄として育ったキリコにしか。
わからな異音がひびいていたのか。
隼人には滝の音。
ただの飛瀑の音としか聞こえない。
 
中山邸の庭に造成された人工の霧降の滝。
そして音だけは本物の滝音を録音したもの。
隼人にはそれ以外のことは感じられない。

わからない。
監視されていた。
この家は、監視されていたのだ。

誰に?



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第六章 盗聴/三億八千万年の孤独 麻屋与志夫

2011-04-09 00:13:17 | Weblog
第六章 盗聴
 
1
 
美智子が東北道で襲われた翌日。

自由が丘の駅前にある進学塾SAPIXの裏路地を行くと。
中山美智子の家がある。
街はまだ暗くうずくまったままだった。
だがようやく、黎明の気配をかぎとる。
背伸びをして目覚めかけた。
そしていま啓示的な光が高級住宅のたちならぶ街に射しこんできた。
キリコが歩いてくる。ジーンズに黒のブルゾンだ。

この街ではまだ紅葉がおわっていない。
ずっとサル彦ジィと危うい仕事ばかりこなしてきた。
孤独な人生をおくってきた。
それがこんどは――。
仲間や兄たちはいるが。
きゅうにアーバンライフをするはめになった。
オジイチャンとの生活がいまとなってはなつかしい。

中山邸は鹿沼石を八段も重ねた高い石塀に囲まれていた。
石塀のうえにはさらに金属のネットヘンスがある。
りツルバラが咲いていた。アイスバークだ。
住んでいるひとにふさわしく清楚な感じだ。
へたげに槍のような鋳鉄製の塀に上部をするより。
このほうが優雅であり。
それでいて容易には侵入できそうにない。
キリコがクノイチだからそう感じたのだろう。
ハコネウズキの枝にカラスウリが赤くたれさがっている。

キリコはインターホーンを押した。
早朝だった。だが声がした。
「どうぞ、門のわきのくぐり戸を開けますから」
美智子の母親だろう。澄んだ艶のある声がした。

このときキリコは不穏な動きを背後に感じた。
黒いセダンが通り過ぎていった。
悪意のある緊張感がその車から放射されていた。
空気がピリッとひきしまった。
「なにかしら」
キリコは背中に意識を集中した。
背中を目にした。容易にふりかえることはしない。
プロのこころがまえだ。
こちらがあなたに気づいていますよ。
と知られることは危険だ。
車は角を左折して駅の方角にきえていった。

カチっと音がした。解錠音だ。
キリコはくぐり戸に手をそえた。静かに開いた。
気のまわしすぎかしら。
ずって想定外のことばかり起きるのでナーバスになっているのだわ。 
すでに隼人は庭に出ていた。
霧降の滝のミニチャーを眺めていた。
滝口は人口の岩で造られていた。
滝の落差は5メトルはあるだろうか。
滝を縁どるように生えている草木はほんものだった。
霧降では落葉だった。
ここではまだモミジやナナカマドが紅葉していた。
霧降からでてきたキリコだ。
たぎり落ちる水と色づいた木々を。
なつかしいものをみるやさしい目で。
見あげていた。
滝の音は実況を録音したものがながれていた。
轟々とした飛瀑、霧降の滝のリアルな音だ。
キリコもその音を聞く。
「うれしいことしてくれていたのね。霧降にいるみたい。
すごくうれしい。サル彦ジイをおもいだしちゃった」
「おはよう」
さわやかな声が隼人からかえってきた。
「ゆうべはよく眠れたけ。なにもなかったぺな? ケタケタケタ」
日光の方言と擬音をわざとまじえてキリコが聞く。
U字工事の人気で有名になった栃木弁でもある。



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鹿沼の怪談(4)/三億八千万年の孤独 麻屋与志夫

2011-04-08 08:29:34 | Weblog
4
 
ここを離れられない。
そして、このまま老いていくことを甘受している男。
翔太郎を怪異が襲っていた。
智子はすつかり意気阻喪。
がくっときている。
自信をなくしてしまった。

「だってわたし万引きとまちがえられたのよ」
 
そんなことをしても無駄だとはいえなかった。
見つかったレシートを見せてくる。
といって智子は途中からひきかえした。
智子にはわからない。
レシートを見せに行くなどということは。
まったく見当違いの行為だ。
やつらの侵攻がまたはじまるのだ。
侵略のはじまる予告だ。
また悪意の津波がうちよせてくる。
翔太郎に脅しをかけてきたのだ。
 
20数年前。
いまはFデパートとなっている。
あのころは、N自動車工場の応接間。
「倉田。なんてことをいう!!」
「古い文学仲間のおまえだから、いまの暴言ゆるしてやる。さつさと帰ってくれ」
倉田は社長のいすにゆったりと座っている。
風格が出ている。
後ろにはボディガードがひかえている。
翔太郎をねめつけるように立っている。
「おれと会うのに、用心棒がひつようなのか」
「ストをやっている工員に外部から面会に来た男がきがいる。
……というので通してみたらおまえさんだった。
それだけのことだ。
べつに、おまえにあうためにこの男たちを呼んだのではない」
ぜんぜん話し合いが成立しなかった。

倉田はかわってしまった。
「倉田、きみは、社会党の県支部長。
そして県会議員なのだよ。
ストをやっているみんなは、
味方の県議の先生が社長になって乗りこんできた。
そういって涙を流してよろこんでいた。
これでわれわれの要求が通る。
そういってよろこんでいた。
それがなんだ。
一方的に役員全員を解雇。
おだやかでないな」
生徒の父親がスト反対派からリンチに会った。
昨夜も帰ってこない。
先生タスケテ。
と教え子からの電話でかけつけて、
倉田と再会したのだった。
倉田はまったく高校時代の純朴な倉田ではなくなっていた。
「塾をはじめたときいていたが、おまえはぜんぜん成長しないな」
せせら笑っている。
話し合いが成立しない。

あの時、無理にでも生徒の父親をつれかえればよかった。
何があったのかわからないままま。
集団自殺。
三名のスト実行派の役員が死んだ。
その恨みだ。
その怨霊の祟りだ。
Fデパートはそのあとに建てられている。
あそこで投身自殺がおきるのは。
かれらの怨霊のたたりだ。

そうした過去の経緯は智子にははなしていない。
東京で生まれ育った妻には残酷すぎる。
なにもはなせない。

こんどはなにが起きようとしているのか。
翔太郎にはこの段階ではなにも分かっていなかった。
智子を慰めるのに懸命だった。
翔太郎には怪異のおきる予感があった。
ただそれだけが感知できた。




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鹿沼の怪談(3)/三億八千万年の孤独 麻屋与志夫

2011-04-07 07:04:07 | Weblog
3

中山美智子が襲撃された。
翔太郎の孫、美智子が、正体不明の男に狙撃された。
その理不尽な事件はまだ翔太郎にはしらされていない。
 
その現場からさほど離れていない。
鹿沼インターをおりる。
旧例弊使街道沿いに江戸時代に開けた宿場町鹿沼。
Fデパートの食品売り場で智子が万引き呼ばわりされていた。
密かにまた怪異がはじまっている。

このデパートは奇怪なことばかり起きる。
開店祝いで賑わった夜。
屋上から中学の女生徒が飛び降り自殺したことがあった。
そのあと同じ場所で同じような投身自殺が三件も起きている。
補陀落信仰(ふだらく信仰)の山。
ふだらく山、が二荒山と変化した。
黒髪山。
男体山。
みなおなじ山の呼び名だ。

いまは、男体山と呼ばれる日光連山の主峰を眺められる小さな田舎町、鹿沼。
光りと闇の二神が相争い、戦ってきたのは、このあたり前日光高原の地域だ。

不思議と超常現象ともいえるような戦いの場なのだ。
奥日光の戦場が原は、ムカデと大蛇のた戦い。
那須は九尾狐と犬を屈指する部族の戦い。

日光に東照宮ができたことによって発展してきた町。
京都の天皇家から例弊使が毎年日光に往還した街道の宿場。
それに、大名の日光詣でで栄えた町。
 
そのことに異を唱える男。
麻耶翔太郎は学習塾「マヤ塾」主宰者。
郷土史家。
カムバックを狙う伝奇作家でもある。
麻耶はいっている。
ここは、例弊使の行き来した街道。
だから、例弊使街道といわれているのではない。
それは表の歴史。
表の伝説。
表の言い伝えだ。
裏の意味は――。

霊兵士街道の町なのだ。
……と確信している。

闇の霊――悪霊と、光の霊が戦いをつづけてきた場所。
その光の霊に支えられた部族の住みついた街。
朝廷の使者が日光往還をぶじにすませることができるように。
麻耶家の先祖が影の護衛をつとめた。
勅忍の里隠れるとして先祖が京都から移住し、住みついた町。
そして霊の力を喚起できる能力を受け継いできた里忍の町。

弘法大師空海のもともとは護衛にあたっていた。
この土地に「草として久しく生きよ」と命令された。
空海伝説のある草久という村落。草忍、里忍の。
そこの娘と結ばれて勅忍が住みついた。
そこが麻耶家のものが住みついだ。
麻耶家のルーツの地だ。
鹿沼の中心街からは20キロほど古峯神社の方角に入ったところだ。 
古峯神社は天狗を祭つっている。「遠野物語」にもでてくる。

鹿沼市西大芦草久の山間の小さなだった。

それが何度かテレビにその地名がでてしまった。
鹿沼女性ドライバー水没死事件。
その取材でプレスが押しかけてきた。
ゲリラ豪雨で草久地区の人たちが避難しています。
やまの崩落が予想されています。
と連日報道された。

秘密を、あぶりだされたような感覚――が。
いまは市内でささやかな学習塾をしている翔太郎にはあった。
祖先が住みついた隠れ里がテレビに映ってしまった。
なにをいまさら……と思わないでもなかったが……。
これは、ヤバイことになった。
だか、ここを離れられない。
転居するわけにはいかない。
霊の存在がきわだって強い街。
ここを離れるとじぶんの能力も。
弱まるようで。
怖いのだ。

作者注 古峰ヶ原神社については、柳田国男「遠野物語」 話の番号65,66に載っています。

 
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鹿沼の怪談(2)/三億八千万年の孤独 麻屋与志夫

2011-04-06 06:24:47 | Weblog
2

「万引きとまちがえられたの」
「なにいってるんだ。いまレジで払ってきたじゃないか」
「だからレジまで、その店員さんをつれていったの」
「分かったんだろう」
「レジのひともおどろいていた」
「分かってもらえたんだろう」
「はい」

レジの女の子は「もしかすると愛人ですか」などと妻にきいたことがある。
顔みしりだった。
翔太郎の体躯や風貌と、
妻の智子があまりに対照的だからだ。
若やいで見える。
それが20歳も若く見られる。
田舎町だ。
愛人ですかという質問となる。
稀には、
「にどめのかあちゃんけ?」
などと聞かれる。
 
サービスカウンターでレジ袋をもらおうとした。
「レシート見せてください」
とカウンターの店員にいわれた。
「みつからなかったのよ」
翔太郎に食パンや大根を買ったレジ袋をわたしてあるのが思い浮かばなかった。
そのレジ袋のなかにレシートは入っていた。
頭が真っ白になった。
そしてパニック状態になった。
それはそうだろう。
万引きとまちがえられるなんて……。

「バカにしている。
あんたんとこは、
レジ袋をもらいに来たお客に、
いちいちレシートの提示をもとめるのか」
翔太郎は智子を万引き呼ばわりした店員の所に抗議にいった。
きょとんとしている。

「このひとよ。まちがいない」
物静かな妻の声が尖っている。
あっけにとられている。
太った店員はけろんとしている。
じぶんがなにをいわれているのかわからない。
なにをしたのかも忘れている。
少し前にとった行動と言葉が記憶にないようだ。
レジの嬢はにこにこしている。
ここでもなにも起きてはない。

翔太郎は智子を視線の端でとらえていた。
智子がレジに急ぐのを、
まちがいなく目撃している。
ゾクッと背筋を恐怖がきりさいた。
まただ、
またおかしなことが始まった。

予感はあった。

それが現実となった。
翔太郎には負の遺産ともいえるイヤナ記憶がある。
闇の世界との戦い。
日常の世界が反転する。

四囲がすべて敵になる。

智子への攻撃はそのマエブレダ。
omenだ。

闇の世界の胎動を感じる。
負の世界からの攻撃がはじまった。


作者注 これは小説です。実際の街、商店、人物のモデルを探さないでください。
とくに、鹿沼の方、Fデパートはどこのことだ、などと詮索しないでください。迷惑がかかると困ります。純粋に虚構の世界をお楽しみください。



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第五章 鹿沼の怪談/三億八千万年の孤独 麻屋与志夫

2011-04-05 00:06:51 | Weblog
第五章 鹿沼の怪談

1

予兆はあった。
奇妙な脱力感が尾骶骨のあたりに疼いていた。
そしてソノもやもやしたものがひそかに背筋をはいのぼってきた。
なにか予期せぬ事件が起きる。

胸騒ぎがしていた。
いつもこうなのだ。
予知能力といっていいかもしれない。
いや、能力なんておいそれたものではない。
単なる思い過ごしだ。

麻耶(まや)翔太郎は眼の隅でとらえていた。
華奢な妻が走っている。
小走りに先ほど支払を済ませたレジ通路にむかって。
またいつものように、なにか買い足すものがあったのだろう。
年のせいか甘いものを好むようになった。
太るからといって甘いものは口にしなかったのに。
きゅうに、なにか菓子でも買いたくなったのだ。

翔太郎はご贈答コーナーで商品券の支払いをしていた。
塾生を紹介してくれた川俣さんにささやかだがお礼の商品券を買った。
ケロッグの箱だけが、さきほどもらったレジ袋には入らない。

「レジ袋、もう一枚もらってくる」
と妻はいった。
そうだった。
妻はレジ袋をもうひとつもらいにいったのだ。
ケロッグの箱をいれると、
ヤマザキのハト麦食パンがひしゃげてしまうから、
といつて彼から離れていった妻だった。
どうして、瞬時に記憶や判断が現実からぶれるのだ。
なにかまたよからぬことが起きるのか。
わたしが商品券の支払いを済ませるまで待てばいいのに。
とおもった翔太郎だった。

妻がもどってきた。
息せききっている。
「どうしたんだ、そんなに走って」
あまり若くはないのだから。
といおうとした。

やめた。

年のことを指摘されるのを極端にいやがる妻だった。
美貌が失われていくのが怖いのだろう。
美しい女ほどそういう傾向にある。
婦人雑誌で読んだ記憶かよみがえる。

「どうしたんだ」
妻の顔に困惑のかげがはりついていた。
翔太郎はこのとき、智子が泣きそうな顔をしているのに気づいた。
「おい、どうした」
店員や人影、陳列棚のきらびやかな商品の形がゆがむ。
周囲が見えなくなる。
妻の顔だけが、ぐっと迫ってくる。
明らかにパニックに陥っている。
妻の顔だけが、みように生々しい。
現実感をともなって迫ってくる。




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直人!! タスケテ(5)/三億八千万年の孤独 麻屋与志夫

2011-04-04 05:43:33 | Weblog
5

「こころあたりは?」
隼人が同じ質問をまたくりかえす。
里佳子も美智子も。
二人とも絶句している。

いまになって恐怖がよみがえってきたのだ。
沈黙をやぶったのは美智子だった。
まったく心当たりはないらしい。
「だって、わたしは直人の喪にふくしていたのよ。
三年間も芸能界からとおざかっていたの。
たった一本の主演映画だけで、
引退したも同然の生活を、
母と里佳子おばさんと三人でおくっていたのよ」

あらためて、恐怖がこみあげてくる。
あの狙撃はわたしに向けられたものだった。
口封じに仲間を撃つだろうか。
わたしが、命をねらわれている。
ねらわれいるのは、わたしだ。
信じられない。
その信じられない襲撃が白昼堂々と実施された。
わたしの行動はあいてにつつぬけだ。
たえず尾行されていたのだ。
ねらわれていた。
なぜなの?
なぜ??
命をねらわれる覚えはない。
なにもない。
美智子はからだをこわばらせた。
ふるえていた。
涙がほほをつたった。

「ひとに恨まれることなんてしてないわよね」
運転席から里佳子の声だけがひびく。
里佳子はおおきなため息をもらす。
里佳子は事件のあとだけに周囲に気をくばっている。
慎重に車を走らせる。

美智子はパーティー会場をぬけだしてからの。
小さな旅。
危険との遭遇に疲れ果てた。
美智子は、隼人の肩にほほをよせて眠ってしまった。
ほほのまだ乾いていない涙。
隼人は、そっとハンカチでふいてやった。
隼人を信頼しきっている。
あどけない寝顔だ。
無邪気な少女のような寝顔だ。
直人の夢でも見ているのだろう。

朝までつづいていた受賞パーティーの記者会見をすっぽかした。
一昼夜も寝ていないことになる。
「美智子はあのまま引退するきだったの。
わたしたちが、直人さんの三回忌の記念に、
彼をまだ忘れていない証に、
彼の仏前に新作の映画を供えたらとすすめたのよ」



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直人!! タスケテ(4)/三億八千万年の孤独 麻屋与志夫

2011-04-03 11:05:51 | Weblog
4

「こいつもうたすからないよ」
仲間に撃たれた。
哀れな男。
死んでいく男の額に手をおいた。
目を閉ざしてやっている。
それから立ち上がった。
キリコはおおきく手を広げて死体の横にいる。
まるで、ブルーシートで人目を遮断しているようだった。
いやじっさいにそうした効果があるらしい。
何台もの車がなんの注意もはらわずに通過していく。

「あのかたどなた」
パニックから立ち直った美智子が発した言葉だ。
しみじみとした顔で隼人の返事を促している。
「キリコ。黒髪キリコ」
隼人もそれしか知らない。
「知りあいが、日光にいたのね」
すこし、オコッテいるようだ。
声がとがっている。

「美智子それより、早く乗って」
美智子の険悪な表情をやわらげようと、
里佳子がふたりの会話に割ってはいる。
ぼくだってキリコの正体を知りたい。
まだなにもわかってはいない。
全裸の少女が幻のように二社一寺への街道に現れたときは、おどろいた。
それがいまは、完全に実体化した。
そのうえどこかに暴漢の死体の処理をたのんでいた。
「クリーニング屋は呼んどいたから。ぐずぐずしないで、さきにいって。
携帯に連絡はいれるから。直人さんのね」
隼人はからかわれている。
「クリーニング屋? それって……」
「わたしは日光忍軍の棟梁の孫娘。それくらいの手配はなんでもないわよ」

「これってロケですか」
直人との思いでの場所を覚えていてくれた記者が追いついてきていた。
「サンケイ週刊の三品です。カメラは、写真はとりません。だから、教えてください。トラブルですか」
「ごめんなさい。東京にもどってからにしてください。ほんとにごめんなさいね」
里佳子がこたえる。
プレスの車がつぎつぎに到着する。
危ないところだった。
美智子が隼人といるところを目撃されるところだった。
隼人は後部座席に身を伏せていた。
里佳子はゆっくりとBMWをスタートさせた。

隼人がいる。
急ぐことはない。
これから、なにか危険があっても頼りになる若者がいる。
でも、隼人を人目にさらしたくはない。
直人とそっくりなのを気づかれたくなかった。
それこそ、マスコミの狙い撃ちに美智子さらすようなものだ。
だれもが、直人そのものが生きていたと思うだろう。
わたしだってまだ半信半疑なのだから。
イトコだときいたいまもまだ信じられない。

隼人が美智子の隣にいる。
エンジンはぶじだった。
美智子はうれしそうにほほえむ。
「ほんとにあのころの直人さんに瓜二つね。そっくりよ」
里佳子が慎重に車をスタートさせた。
すぐに後部座席に声をなげかけてくる。
「美智子。怪我はなかったでしょうね」
美智子は窓の外を見あげている。
上空をキリコの操縦するヘリが東京方面に飛びさっていく。
「活動的なひとね」

「ぼくは直人兄さんの恋人が女優さんだなんて聞いていなかつた。
きれいなひとだとは母からいわれていました」
美智子は静かに吐息をもらした。
「襲われるこころあたりは? ……あいつらだれです。
プロですよ。こころあたりは」
美智子は危うく拉致されるところだっのだ。



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