時は過ぎ 10年経てば 一昔

僕には10年前に通い詰めた…居酒屋がありました。
気さくな店で…お客さんを良い意味で無視してくれました。
その店で友人二人で閉店まで…演劇論を交わしたものでした。

毎回閉店まで飲む僕達に…店長も付き合ってくれました。
しかし或る魔の手により…その友人との間を引き裂かれます。
そして最後の夜…その居酒屋で友人に別れを告げ涙したのです。

それからは僕は…その居酒屋に足を運ぶ事はありません。
何百回も店の前を通っても…中に入る事はなかったのです。
そして何回か改装されますが…僕は約十年店には行きませんでした。

しかし今日…ヘベレケの僕です。
人間酔うと…自制心がなくなります。
そうなると…タブーは平気で破られます。

終電帰りに…その居酒屋に飛び込みます。
ドキドキ店内を見渡し…昔の面影を探します。
でも…かなり変わってしまった店の雰囲気に戸惑う僕です。

すると奥から…店長が出て来ます。
ニコニコと満面の笑顔で僕を見て…近付いて来ます。
十年の月日がアッと云う間に…二人の距離が狭まるようです。

そして僕が店長に御挨拶をしようとした…その時です。
「すいませんが…もう閉店なんです」と在り来りの台詞です。
ビックリの僕は…仕切りに昔の僕を笑顔でアピールします。

しかし店長は…何も思い出していない様子です。
そして何もない態度で…僕を店外に追いやります。
「また起こしを」と店長は…僕に言葉を掛けます。

十年の月日は…記憶が失せます。
十年の月日は…思い出が無くなります。
十年の月日は…行動範囲が丸きり変わります。

そして十年の月日は…少し悲しい事がありました。