おさかな’sぶろぐ

日々感じたことを徒然なるままに。。。

「わからない」という方法9

2005年06月15日 23時24分09秒 | 日記・雑談
第二章 「わからない」という方法 より抜粋
3 ハイテクとは錯覚である
◆なぜそんな面倒を?
 「わかる」とは「納得すること」である。「わからない」という人達に「なるほどそうか」とうなずかせるプロセスが「わかる」への道である。そのためには「なんのために必要なのかよくわからないことでも、しょうがないからコツコツやる」である。
◆ハイテクでは不可能な領域
 「わかりやすい手描きの地図と精密な航空写真とでは、どっちが道案内の役に立つのか」。。。「そこへ至るまでのすべての道筋」が明瞭に写っているハイテクの航空写真は、余分な情報が写りすぎている。一方ローテクの手描き地図は「目的地に至り着くための一本道」だけで「余分な道」は消し去っています。どちらがよいかは、言うまでもないだろう。
◆クローン幻想の誤り
 にもかかわらず、「ハイテク」がいいと思っている人々がいる。教育とは、人に「理解」をもたらすことである。マン・ツー・マン教育で「優秀な教師」が一番いいにきまっている。であれば、その優秀な教師をクローンするには、ビデオやコンピューターを利用すれば不可能が可能になるのでは?実際には、教師における「優秀」とは、ただ一つ、「生徒への対応能力」である。ビデオやコンピューターを使ったハイテクでも「できっこない」のである。
◆ハイテクはローテクへ回帰する
 「ハイテクで優秀な教師のコピーを作る」には、錯覚がある。しかし、「マン・ツー・マン教育が最も有効な教育である」という根本も動かない。結局のところ、ハイテクが目指すものは、「有能な一人の人間の持つ個人的な能力」という究極のローテクになるのである。

モダンジャズ序

2005年06月15日 20時53分25秒 | 音楽
さ~て、ジャズのどこから研究してみようかとずいぶん迷いました。やっぱり、自分が気に入っているモダンジャズに関することから始めるのが一番だと思ったのでした。奥が深すぎて収拾つかなくなってしまうかもしれなですが。。。。まあ、勢いです(^^)v

◆スウィング・ジャズまでのジャズは、基本的にダンスミュージックとして発展してきたようです。スウィング・ジャズでは編集者が加わり、ソロパートでのアドリブはかなり制限されていました。これに不満を感じるジャズ・ミュージシャンが「ジャム・セッション」を始めるようになったようです。
 ジャム・セッションは、軽い打合せ後、自分たちのアドリブを見せつけるべく演奏するものです。自分達が楽しむことを目的としているため、編曲者はいません。演奏者自身が楽しいし、他人の演奏も直接見ることで刺激になり、規模がどんどん大きくなっていきました。結果、あちこちのいろんなバンドからサイドメンが集まってくるようになったそうです。