アネッティワールド

日常の体験から・・・

和楽団ジャパンマーベラス

2017年10月30日 00時03分13秒 | 大阪府

 朝知人から突然連絡があり(10/28)

「時間があれば堺市産業振興センター来てみて!」

何があるのか分らないまま10分で支度して出発。

 

ホール前で待ってくれていて

急いで説明を聞くところによると

彼が理事をしているプロの和太鼓奏者が来てるとのこと。

 和太鼓の迫力がもともと好きだったので

突然の誘いに大喜びです。

 福岡に拠点をおき ブラジルではかなり有名だそうです。

 

中央が団長で

その隣の若い男性はブラジル人の双子。

 

 大太鼓は身体に響き渡るほどの迫力です。

 

 演奏のあとは控え室に連れて行ってもらい

一緒に記念撮影もしてくれました。

とても感じのいい若者で応援したくなります。

 

 世界も回っているらしく

京都に来たときは知人の家で皆さん泊まって食事もしているんだって。

 

知人が 「僕の最後の道楽」と言っていたのが印象的でした。

 

 和楽団

 


ウトロを離れ知床五湖に向かって

2017年10月28日 10時03分16秒 | 北海道

知床半島の拠点ウトロからのクルーズは生憎の欠航となり

二日目のメインは知床五湖になります。

先ほどまでいたウトロ港がもうこんなに小さく見えます。

ゴジラ岩もまだ肉眼で確認できます。

 

本日の北海道は曇りだったのですが道東地区だけ晴れという予報です。

オホーツクの青と空の青、美しさに感動してこのあと何度も何度も

車を停めて撮影しました

知床五湖に到着するまで

景色ばかりではありません。

野生動物にも出会います。

エゾシカ↑

冬眠前のヒグマ↓にも会えました。 

(望遠がなかったので トリミングしました

今回走った北海道の道路の特徴は

まっすぐの道なんだけどアップダウンのある道で

両側が紅葉で囲まれている 一番好きなロードです。(ロードスターで走りたかったナ

ウトロから知床五湖まで15㎞、記憶に残るドライブでした。

 

到着

 

マップ左下の高架木道だけを歩くコースと

地上遊歩道を回るコースに分かれています。

一周回るには立ち入り認定書を受け取るためのレクチャーを受けなければなりません。

三日前に三湖付近でヒグマが目撃されたそうなので注意事項のレクチャーです。

 

知床五湖ではかなりの枚数の写真を撮りました。

まだ整理できていないので時間を見つけてゆっくりアップしたいと思います

 

追伸: この時点で知床半島の反対側の町、羅臼(らうす)へ抜ける知床峠は凍結の為通行止めです。

    もしこのまま通行止めなら 今夜の羅臼泊は遠回りになるので えらいこっちゃ

 


SHIMANO シマノ 本社

2017年10月27日 14時09分31秒 | 自転車〜車

 堺市堺区に株式会社シマノの本社があると聞いていたので

たまたま今日のタイミングで行ってきました。(10月27日)

  

久しぶりに雲ひとつ無い快晴です。 それも無風。(こんな日は少しでいいから外に出たい

2時間だけ時間が空いたので近くのスターバックスに車を止めて

ミニベロ、ヘリオス君でやってきました

大きな会社です。

それもそのはず自転車用品と釣り具ではトップメーカーです。

創業大正10年

 

自転車が好きな人は就職したい会社なんだろうな

  

24度もあるポカポカな小春日和。

テラスで飲むドリンクが似合う日でした

  

 

北海道旅行紀、写真の整理に時間がかかってるので

追々アップしていきたいと思っています。


知床半島 オシンコシンの滝 2日目

2017年10月25日 16時47分03秒 | 北海道

網走監獄の見学が予定より長引いたので

この日行く予定だった「天に続く道」へ行きことができなくなりました。

今年6月末に来た時の北海道と日没時間が随分違っていて

行っても真っ暗な「天に続く道」になっていることだろうし

残念ながら今夜泊まるホテルへ直行となりました。

翌朝撮ったホテルです。

知床にはそれほど多くのホテルがないので

「知床第一ホテル」が代表的なホテルのようです。

実は朝8時から知床半島クルーズを予約していたので

早めに朝食を済ませようと準備をしていると

欠航の連絡が入りました。(波が高いそうです)

こればかりは仕方ないので、その分 朝食にたっぷり時間を取りました

 

本日のメインコースは「知床五湖」です。

通行止め(凍結)でなければ「知床峠」も通りたいところなんです。

その前に行っておきたいところが二つあるので Let's go!

オシンコシンの滝

面白い名前ですがオシンコシンとは

「そこにエゾマツが群生するところ」だそうです。

すべてアイヌ語に由来してるんですね。

 

朝早いのに結構観光客が来てました。

向こうに見えるのはオホーツク海です。

ゴジラの形をした岩です。

逆光ですがゴジラが突っ立てるように見えますね。

手前のコーンのところに狐もいました。

犬と同じしぐさをするんですね。

エゾシカもいます。

この旅行中 知床で見れる野生の動物一式に出会えたのもラッキーでしたが

「クマが出没するかどうか情報」に一番ビビッてしまいました

 

速度を守りながらの運転でしたが

北海道の道路を走るのはとても気持ちいいです(紅葉に出会えたので)

 

その間、何度森繁久弥作詞作曲の「知床旅情」を口ずさんでしまったことか・・・。

 

 

 

 

 


網走監獄で学んだこと

2017年10月23日 00時01分35秒 | 北海道

女満別空港13:40到着、真っ先にレンタカーステーションへ。

今回借りたのはホンダのフィット。まだ新車です。

ナビの使い方だけレクチャーを受けETCをセットしようとすると

店員さん「ここではETC使えませんよ!」

私「えっ 現金支払い

店員さん「高速自体が無いのですよ」

 

あとで納得しました高速道路なんてまったく必要のないところでした

 

注意点は「一旦停止のところでお巡りさんが隠れてますよ!

     スタッフがこの間12㎞オーバーで捕まりました。

     鹿・狐に注意を」

このアドバイスのお陰で終始安全運転に心がけることができました。

 

で向かったのが網走です

 

この橋を渡った先にまさかこんな史実があったとは、無知な自分が恥ずかしくもありました

 

紅葉も終盤でしたが間に合ってよかったです。

 煉瓦造りの独居房

 こんなところでどうやって冬を過ごしたんだろう? 

 放射状に広がる5棟の舎房を中央の見張り舎から見渡せます。

当時ベルギーの監獄を模倣したそうです。 

 

明治45年から昭和59年まで72年間使われたそうです。

最大で700名が収容できたそうで、中には何度も脱獄を試みた囚人もいて

この鉄格子を毎朝出されるみそ汁の塩分で錆びさせて脱獄するという気の遠くなるようなこともあったそうです。

 

もちろん食事中も入浴中も看守の目が光っています。

当時の入浴は伝染病防ぐ意味で重要なことでした。

編み笠をかぶってみました。

この編み笠には3つの目的が有ります。

刑務所を出るときにかぶるのですが

一つ目は回りから好奇の目で見られないように

二つ目は土地の道などを覚えられないように

三つ目は一般の人たちに危害を与えることなく収監できるように

とのことみたいです。

 

この建物の中にはいろいろなものが展示されていて

当時の様子が映像を通して語ってくれています。

 

ロシアの南下政策に明治政府は何としても北海道の開拓が急務でした。

中央部を通る道路や十勝から太平洋へ横断する道路、硫黄山から釧路へ

220㎞に及ぶ道路を通常の4倍も早いスピードで囚人達は働かされます。(重機のない時代に)

 

政府からの「囚人の死などかまわない、食いぶちが減る分一石二鳥」と

国土防衛の名の下、看守も命がけで共に働いたそうです。

 

結果囚人の6人に1人が犠牲になり看守も多く亡くなったそうです。

 

網走刑務所とは極悪非道な囚人が全国から集まるところと思っていましたが

この頃の囚人は政府の指導方針に背く、いわば政治犯的な囚人も多く

えん罪も多かったんだろうな と想像します。

 

今の北海道があるのは

入植者の開拓のお陰もあるだろうし、屯田兵の活躍もあります。

それよりも彼らの活躍の地を切り開いた・・・

道なき道を切り開いた 囚人たちであったことを初めて知ってしまったのです。

 

その何十年も後に 住民達の手で道路の至る所に埋まったままになっている

囚人達の骨の発掘作業が行われ手厚く葬られたそうです。

 

20回近く北海道を訪れながらこのような悲惨な歴史の上に

今の北海道があることを知らないまま

「北海道は自然が美しい、食べ物が旨い、素晴らしいゴルフコース」なんて事を思ってたなんて

勉強不足でしたね