夕方、岡山駅周辺。
ここは、色々な出張の中間地点と言える場所で、飲んだ回数は数知れずだけど、観光したことがない。
16時から小一時間の観光を試みる。
岡山シティミュージアムに行ってみました。
岡山大空襲の展示をやってました。
岡山は31番目の爆撃ターゲットで、小都市でも、軍事施設、鉄道施設など、なんらかの重要施設があれば、見逃さないとのこと。
そういう計画でありながらも、B-29の数、バラバラと細かく隙間なくばらまかれる毒薬入りの焼夷弾。
重要施設の点をドカンッでなく、住宅地を含む平野をまるまる隙間なく焼きつくすやり方。
計画と手段が違っても、とにかく降伏させたかったんで、計画より残酷な手段を提示されても、早く終われば・・。
って感じでGOサインが出たのかな。
以下、ウィキぺディア引用。
6月28日夜、マリアナのテニアン島の基地からアメリカ軍のB-29爆撃機141機が岡山へ向けて発進した。B-29の一団は途中、3機がトラブルに見舞われ、テニアン島へ引き返したものの残りは紀伊水道から淡路島の南の沼島、小豆島南端、犬島の上空を通過し、旭川河口から岡山へと侵入した。そして翌29日午前2時43分、138機[5]のB-29による岡山市への爆撃が開始された。B-29が西に飛行しているという情報が岡山を監督する岡山監視隊本部に入ったのは、空襲の3分前の午前2時40分であった。しかしながらその情報は間に合わず、空襲警報が発令されないまま空襲が始まり、市内はほぼ壊滅状態となった。空襲には照明弾と焼夷弾が使用された。焼夷弾は爆風による破壊効果をもつ大型の油脂焼夷弾(AN-M47-A2)と殺傷能力を高めるために猛毒の黄燐が混入された小型の集束焼夷弾(AN-E48、集束弾からAN-M74焼夷弾38本が散開)の2種類が約890t(約95000発)投下され、市街地は一面火の海となり、逃げ場を失った1700人を超える岡山市民が犠牲となった。
一つ上の階で、とんねるずの木梨憲武さんの美術展をやってました。
結構、細かくて緻密なんだけど、角がなく、ホワンとしてます。
個人的には、フェルメール展より、はるかに時間をかけて楽しめました。
なんか、隠してあるような、ないような・・。
テレビで、何か余計なことするだろうと期待して観ている感じで観てしまう。
あった! と言うのもあれば、探すだけ探して、ないんかい、ただ真面目に描いてんのかいって言うのもあります。
小一時間、余裕があればお勧めです。