退職オヤジのひとりごと

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少数与党の振る舞い

2025年02月11日 01時37分07秒 | ニュースより

最近の国会のニュースで思いました。


高校無償化、3党協議は平行線 維新、自公に不満伝達
                                    
自民・公明と維新 社会保険料の負担軽減めぐり引き続き協議

自公、社会保険料改革の協議継続で維新と合意
 

 

少数与党ということで、自公は今までになく野党との話合いを行っていてイイなと思ってました。


でも、このところのニュースでは、与党自公と維新との話合いだけが盛んに伝えられています。


衆議院議員全465議席の内訳は、自民191、立民148、維新38、公明24、共産8、国民28、れいわ9、社民1、参政3、政治団体の日本保守党3、無所属12です。

過半数は233。それに対し、与党は自民191+公明24=215 です。

その差18を埋めるために比較的政策が近い維新38とだけ話をしているのでしょう。

 

せっかく少数与党で「話し合わなければ進まない」状況になったのに、維新とばかり話し合っているというのはなぜなのでしょう。


議員は「国民の声を聴く」ことと「話し合う」ことが仕事だと思うのですが、話合いの目的が違う。

自分の意見(案)を通すことだけで、この日本をより住みやすくすることは二の次のようです。

間接民主主義では「国民の声」は「全議員の声」でしょう。

「会期」などというつまらない決まりに囚われ、話合いが疎かになる・・・。

215+38=253 の声だけで事を進めるのは、ただ単に多数決で勝つためだけの所業に過ぎないのでは無いか。


 
多数決原理                     Wikipediaより
近代議会は個々人の政治的主張を調整することにより社会を統合する機関であり、その統合は社会全体の代表者である議員達の自由で理性的な討論と説得、そして妥協の積み重ねによるが、現実に解決すべき政治的課題の緊急性から意見の一致が得られぬ場合には、集団的意思決定手段として、相対的多数者の意見が暫定的に議会の意思とされる。
しかし議会による統合の観点より、多数派と少数派の差異は常に相対的とされて将来の状況変化や討論進展による逆転可能性が留保されている必要がある。議会制を採用していても、(a)相対主義的価値観の社会への浸透(複数の価値観が承認されうる社会) (b)議員とその背後の社会構成員の一体的同質性(階級、宗教、イデオロギー等の対立が激しくない社会) (c)理性的かつ客観的な判断ができる議員 (d)意見発表の自由とその機会の均等、などの条件が揃わない場合には議会主義は変質または形式化する。

 

『多数決』・・・これは民主主義の根幹ではなく、必要悪であると思うのは私だけでしょうか。

 


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