「名曲コンサート」と書いてあったので気軽に行った(佐伯周子と行った)ら、『素晴らしい音楽の饗宴』だった昨夜。名演の多い読響でもこれほどの演奏会は久しぶり!
「ラプソディー = 狂詩曲」と言う楽曲は、何となくわかったような気もする1面があるとともに、はっきりした形式(=例えば、ソナタ とか 変奏曲 とか)は無いような気がする。
思い起こせば、F.リスト が「ハンガリー狂詩曲」を(ピアノ版で)作曲し、大当たりを取ってオケ版に拡大したのが誕生の経緯。その後、「リストの後継者」たちが大いに盛り上げてくれたジャンル。
・・・だが、(同じリストが開発した)「交響詩」ほどは「ヒョーロンカ」から高く評価されないまま今日に至っている。しかし『名曲の宝庫』であったではないか!
私の記憶が正しければ(少々不安である)、全く同じプログラムを 井上道義 は名古屋以西で数年前に1回は振っていると思う。「私高本が 伊福部昭音楽 に非常に興味を持った」以降のことなので、2003年6月以降だったように思う。当時も今もビンボーなので、「チケット代金は出せるが、旅費と宿泊費が捻出できなかった」記憶がある(藁
拠って聴いていない。今考えるとカネを借りても聴いておけば良かった!
昨日8月26日の演奏批評。
が全てに行き亘っていた。井上道義の指揮は、特に 伊福部昭「日本狂詩曲」 と ラヴェル「スペイン狂詩曲」で熱かったが、これは スコアの内容と、編成の大きさが原因だろう。ややこぶりの3曲も「作曲家の意図」を見事に再現してくれていた。
伊福部昭の「日本狂詩曲」。これが最高だった! 以前、ナマで全く同じオケ版(=オリジナル版)を聴いたことがあるのだが、インパクトは「井上道義 + 読響」が数十倍上! 第1楽章「夜曲」冒頭の「ビオラソロ + 打楽器伴奏」だけで「何だか妖しげな伊福部音楽」に引き込まれてしまった上に、第2楽章「祭」の華やかで楽しいこと!!!
21才の伊福部昭が「世界に向けて堂々と『日本音楽は素晴らしい』を発信」した瞬間を再現してくれたかのようだ。クラリネットなどには、やたら難しいパッセージがあるのですね!(リストにもあった!!)
である。この人「両手をグルグル廻して指揮するパフォーマンス」とかに惑わされてはいけない。
である。指揮者の要求は(もしかしたら通常のオケでは応えられないほど、高いのかも知れないが)昨日の読響は「ほぼ全て応えていた」ことは特筆に値するだろう。もし、「井上道義の要求に対して足りなかった点」を言えば、リスト「ハンガリー狂詩曲第2番」の1番クラリネット奏者の「跳躍音質のスムーズさ」が「他の曲に比べると不充分だった」くらいかな?
誤解を招くといけないので、正確に書くと
と言う範囲。「狂詩曲 =クラリネットに頼る曲」かも知れない。 他の4曲では万全の演奏を聴かせてくれた 藤井洋子 に感謝!
他には 伊福部昭「日本狂詩曲」の オケ版(=オリジナル版)と ピアノ版の違いについても、正直大いに気になった。 う~ん、以前 東京オペラシティ で聴いた時は「何も感じなかった」のだが。 それだけ 今回の「井上道義 + 読響」が良かったのである。
と言って間違いないだろう。「ラプソディー指揮者」と言って、「オペラ指揮者」や「古典派交響曲指揮者」と同じように格付けされるとは思えないが(爆
と言うほど(最小に言って)伊福部昭の信頼は得ていた指揮者なのだ。
気持ちが分かったような気がした。私高本が「ナマ」を聴いていない「山田一雄指揮 伊福部昭作曲 『日本狂詩曲』日本初演』に比べても、良い演奏のように聞こえた。「音楽はナマ演奏が最高」だからかも知れないが、伊福部昭作品だけで、充分にチケット代は「元が取れた演奏会」に感じた。リストもエネスコもラヴェルも良かったぞ!!!
もう1度書く。「名曲コンサート」ではなく「定期演奏会レヴェルでも最高の演奏会」だった。曲順は「ラヴェルが最初で、伊福部昭が最後」の方が私高本はうれしかったが。本年最高の演奏会である。
「ラプソディー って面白いだろ?!」を証明した 井上道義 + 読響
「ラプソディー = 狂詩曲」と言う楽曲は、何となくわかったような気もする1面があるとともに、はっきりした形式(=例えば、ソナタ とか 変奏曲 とか)は無いような気がする。
思い起こせば、F.リスト が「ハンガリー狂詩曲」を(ピアノ版で)作曲し、大当たりを取ってオケ版に拡大したのが誕生の経緯。その後、「リストの後継者」たちが大いに盛り上げてくれたジャンル。
・・・だが、(同じリストが開発した)「交響詩」ほどは「ヒョーロンカ」から高く評価されないまま今日に至っている。しかし『名曲の宝庫』であったではないか!
私の記憶が正しければ(少々不安である)、全く同じプログラムを 井上道義 は名古屋以西で数年前に1回は振っていると思う。「私高本が 伊福部昭音楽 に非常に興味を持った」以降のことなので、2003年6月以降だったように思う。当時も今もビンボーなので、「チケット代金は出せるが、旅費と宿泊費が捻出できなかった」記憶がある(藁
拠って聴いていない。今考えるとカネを借りても聴いておけば良かった!
昨日8月26日の演奏批評。
- ラヴェル「スペイン狂詩曲」をトリに、ラヴェルを手本にした伊福部昭「日本狂詩曲」を『つかみ』に配置した絶妙なプログラムビルディングで
- 「狂詩曲創始者 = リスト」の最人気狂詩曲 = 第2番 と、「信じられないほど手本に忠実でありながら国民性を露出した エネスコ作曲 = ルーマニア狂詩曲第1番」を並べ
- フォルテが大優勢な4曲の合間に「ピアノ優勢の狂詩曲 = ディーリアス作曲 = イギリス狂詩曲」を配し
- 『ラプソディック とは、どんなものかな? 共鳴してもらえたかな?』を実現した『高い完成度』
が全てに行き亘っていた。井上道義の指揮は、特に 伊福部昭「日本狂詩曲」 と ラヴェル「スペイン狂詩曲」で熱かったが、これは スコアの内容と、編成の大きさが原因だろう。ややこぶりの3曲も「作曲家の意図」を見事に再現してくれていた。
伊福部昭の「日本狂詩曲」。これが最高だった! 以前、ナマで全く同じオケ版(=オリジナル版)を聴いたことがあるのだが、インパクトは「井上道義 + 読響」が数十倍上! 第1楽章「夜曲」冒頭の「ビオラソロ + 打楽器伴奏」だけで「何だか妖しげな伊福部音楽」に引き込まれてしまった上に、第2楽章「祭」の華やかで楽しいこと!!!
21才の伊福部昭が「世界に向けて堂々と『日本音楽は素晴らしい』を発信」した瞬間を再現してくれたかのようだ。クラリネットなどには、やたら難しいパッセージがあるのですね!(リストにもあった!!)
井上道義の最大の武器は『全体把握の精度の高さ』
である。この人「両手をグルグル廻して指揮するパフォーマンス」とかに惑わされてはいけない。
「声部の受け渡しの正確さ」は、信じられない精度
である。指揮者の要求は(もしかしたら通常のオケでは応えられないほど、高いのかも知れないが)昨日の読響は「ほぼ全て応えていた」ことは特筆に値するだろう。もし、「井上道義の要求に対して足りなかった点」を言えば、リスト「ハンガリー狂詩曲第2番」の1番クラリネット奏者の「跳躍音質のスムーズさ」が「他の曲に比べると不充分だった」くらいかな?
誤解を招くといけないので、正確に書くと
- 「1番クラリネットの負担がやたら大きかった 全狂詩曲プログラム」で
- 他の4曲は完璧だったのに
- リスト「ハンガリー狂詩曲」では、「リードの振動が遅くなった」が「聴きどころ」で一瞬出てしまった
と言う範囲。「狂詩曲 =クラリネットに頼る曲」かも知れない。 他の4曲では万全の演奏を聴かせてくれた 藤井洋子 に感謝!
他には 伊福部昭「日本狂詩曲」の オケ版(=オリジナル版)と ピアノ版の違いについても、正直大いに気になった。 う~ん、以前 東京オペラシティ で聴いた時は「何も感じなかった」のだが。 それだけ 今回の「井上道義 + 読響」が良かったのである。
井上道義 = ラプソディー指揮者の第1人者
と言って間違いないだろう。「ラプソディー指揮者」と言って、「オペラ指揮者」や「古典派交響曲指揮者」と同じように格付けされるとは思えないが(爆
井上道義 = 伊福部昭「日本組曲」世界初演指揮者
と言うほど(最小に言って)伊福部昭の信頼は得ていた指揮者なのだ。
伊福部昭が「井上道義を信じて オケ版『日本組曲』を作曲した」
気持ちが分かったような気がした。私高本が「ナマ」を聴いていない「山田一雄指揮 伊福部昭作曲 『日本狂詩曲』日本初演』に比べても、良い演奏のように聞こえた。「音楽はナマ演奏が最高」だからかも知れないが、伊福部昭作品だけで、充分にチケット代は「元が取れた演奏会」に感じた。リストもエネスコもラヴェルも良かったぞ!!!
もう1度書く。「名曲コンサート」ではなく「定期演奏会レヴェルでも最高の演奏会」だった。曲順は「ラヴェルが最初で、伊福部昭が最後」の方が私高本はうれしかったが。本年最高の演奏会である。