海渡雄一
今国会では、内閣委員会に経済安保推進法案が提案されています。経済活動や学術研究 を軍事・安全保障の観点から規制する法案です。この法案も、秘密保護法、戦争法制、共 謀罪、デジタル法、土地規制法に連なる、日本を戦争する国、異論を唱えるものを監視し て黙らせる社会に変えていく一連の法案の一環です。戦前で言うと「国家総動員法」に近 い性格を持つものだと思います。
この法案を推進してきたのは、秘密保護法、共謀罪、土地規制法などを推進してきた、 もと国家安全保障局長の北村滋氏です。週刊文春が無届でビジネススクールで講演し、多 額の報酬を得ていた等のスキャンダルを報じた内閣審議官藤井俊彦氏は、北村氏が国家安 全保障局の経済班の柱に据え、経済安保法制準備室長を務めていました(『選択』3月号 「国家安全保障局の「機能不全」」)。
大川原化工機事件というえん罪事件が、すでに経済安保を名目として、公安警察によっ てでっち上げられ、深刻な犠牲が生じています(声明にも言及しましたが、青木理氏の世 界3月号「町工場対公安警察」に詳しいルポが掲載されています。)。
私も参加しています「デジタル監視社会に反対する法律家ネットワーク」が、本日、こ の経済安保推進法案に反対する意見書を公表しました。この間弁護士の仲間たちで討論を 繰り返して完成させたものです。
日本の将来にかかわる大切な問題です。ぜひ、拡散・共有をお願いします。
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国家安全保障を名目として企業活動と学術研究の自由を制約し市民監視強化につながる経 済安全保障推進法案の廃案を求める声明
2022年3月7日 デジタル監視社会に反対する法律家ネットワーク
1 経済安保法案の本質
本年2月25日、経済安全保障推進法案(以下「経済安保法案」という。)が閣議決定さ れた。その趣旨は、「国際情勢の複雑化、社会経済構造の変化に伴い」「経済活動に関し て行われる国家及び国民の安全を害する行為を未然に防止す」べく、「安全保障の確保に 関する経済施策を総合的かつ効果的に推進するため」とされている。
この法案が「『国家』の安全」という軍事的概念を目的に登場したことに着目すべきで ある。先端技術の保護や外国からのサイバー攻撃を防ぐ必要性があるというのが表向きの 目的である。しかし、経済安保法案は、米中対立を念頭に、従来の平和的経済交流路線を 転換して中国などを仮想敵国視するものである。
本年1月7日の日米外務防衛閣僚委員会( 2+2)は、日米が中国を念頭に、「人工知能、機械学習、指向性エネルギー及び量子計算 を含む重要な新興分野において、イノベーションを加速し、同盟が技術的優位性を確保す る」「日米は、新興技術に関する協力を前進及び加速化」させ、「防衛分野におけるサプ ライチェーンの強化に関する協力」を行うとして、経済・科学技術分野における軍事同盟 強化を宣言した。経済安保法案はそのための国内法整備を目的としている。
2 法案の4本柱とその危険性
経済安保法案は、①特定重要物資の安定的な供給(サプライチェーン)の強化、② 外 部からの攻撃に備えた基幹インフラ役務の重要設備の導入・維持管理等の委託の事前審査 、③先端的な重要技術の研究開発の官民協力、④原子力や高度な武器に関する技術の特許 非公開の4本柱で構成される。
(1)サプライチェーンの強化
①サプライチェーンの強化では、国民生活や経済活動に不可欠な物資を特定重要物資と し、国が工場整備や備蓄を財政・金融面で支援する。対象物資は政令で指定することにな っており、半導体、レアアース医薬品などが想定される。これらの物資を扱う事業者に対 して、生産や輸入、調達や保管状況について国が調査する権限を持つ。 しかし、国民の生存に必要不可欠な物資の供給を強化するという目的を掲げながら、具 体策は明らかではない。サプライチェーン強化を名目として、大企業に対する巨額の公的 資金の投入が進んだり、輸入制限による対抗的措置への誘因となるなど保護貿易主義に傾 斜したり、企業活動に対して過度に介入・統制する等のおそれがある。
(2)基幹インフラへの監視・統制と企業の自由な経済活動の阻害
②基幹インフラの事前審査では、電気、ガス、石油、水道、鉄道、貨物自動車運送、外 交貨物、航空、空港、電気通信、放送、郵便、金融、クレジットカードの14分野が対象と なる。これらの分野の事業者が重要な設備やデータの保全を「わが国の外部」に依存しな いよう事前に審査をすることとされ、その審査のために企業には「導入計画書」の提出を 義務づけ、違反した場合は「2年以下の懲役か100万円以下の罰金」を科している。 しかし、審査に関しては、その対象となる具体的な事業者が「省令で定める基準に該当 する者」とあるだけで、ここに言われる「わが国の外部」には法律上定義がなく、どのよ うな基準の下に選ばれて具体的にどこの国なのか、また、書面でどのような審査を行うの かも不透明である。事業者にとっては不透明な中での経済活動を迫られるものであり、政 府による恣意的な審査が、設備投資などの経営判断に影響を与えかねず、民間企業の自由 な経済活動(憲法22条1項)が著しく制約されることとなる。また、中国との貿易が対象 とされるのであれば、中小零細企業も含めてわが国の経済への影響は計り知れない。さら に、情報通信や放送の自由が制約される危険もある。
(3)特定重要技術開発支援と軍事研究開発
③先端的な重要技術の研究開発の官民協力については、基本指針を策定して、同指針に 基づき、特定重要技術(先端的な技術のうち研究開発情報の外部からの不当な利用や、当 該技術により外部から行われる妨害等により、国家及び国民の安全を損なう事態を生ずる 恐れがあるもの)の研究開発等に対し、必要な情報提供・資金支援等を実施するとされる 。 また、官民パートナーシップと称して、特定重要技術の研究開発等を代表する者と研究 開発大臣(「科学技術・イノベーション創出活性化法」により国の資金を交付する各大臣 )により構成される「協議会」を設置するとされている。 しかし、「協議会」の設置は、軍事技術につながる特定重要技術の研究開発を予算を通 じて国家が一元的に管理・統制するシステムとなるおそれがある。歯止めのない軍事研究 開発の推進へと繋がりかねず、憲法9条との相克が問題となるのみならず、軍事研究に警 鐘を鳴らす学術会議の影響力を削ごうとするものであって、国家が学術研究の内容に介入 することにより学問の自由(憲法23条)を侵害するおそれがある。
(4)特許出願の非公開
④高度な武器に関する技術の特許非公開については、「公にすることにより外部から行 われる行為によって国家及び国民の安全を損なう事態を生ずるおそれが大きい発明が含ま れ得る技術分野として政令で定めるもの(核技術、先進武器技術等を政令指定)に属する 発明」が記載されている特許出願につき、出願公開等の手続を留保するとともに、その間 、必要な情報保全措置を講じることで、特許手続きを通じた機微な技術の公開や情報流出 を防止するとされる。 しかし、規制の対象が政令に白紙委任されている問題に加えて、先端技術や特許への政 府の介入は、技術開発情報の政府AIによる管理統制や、安全保障を理由とする研究発表 の禁止、研究交流への規制など学術研究の自由の侵害や研究者の個人情報の収集管理によ るプライバシ―侵害と軍事研究に対する総動員体制の構築などの危険がある。 「研究や技術開発が軍事に吸い上げられれば、それは非公開となり、その成果や特許も 当然ながら非公開となる。特許非公開にかかわる研究の発表差し止めは、研究の自由を侵 害L、研究交流を制約し、学術の発展を阻害する可能性が大きい。」「国際的な研究交流 を阻害し、大学・研究諸機関・企業の諸活動を大きく制約する。また、研究者を萎縮させ 、人権を侵害しかねない。」(「世界」3月号井原聡「動員される化学・技術と研究者」 )。
3 経済安保法案の危険性を先取りした大川原化工機事件
経済安保法案の危険性を先取りしたような刑事事件がすでに発生している。「大川原化 工機」事件である。この事件の捜査にあたった警視庁公安部は、2020年3月生物兵器に転 用可能な機器を中国、韓国に不正輸出したとして同社社長ら3名を逮捕し、1年近く保釈も 認めず勾留したが、東京地検は、2021年7月第1回公判の4日前になって起訴を取り消す という異例の事態となった。東京地裁は、3名の長期の勾留に対し計1130万円の刑事補償 の支払いを2021年12月に決定した。 2022年3月号の『世界』に掲載された青木理氏の「町工場対公安警察」には、警察の思 惑によって、経済産業省も軍事転用可能とは考えていなかった技術が不正輸出にでっち上 げられていった過程が、克明にルポされている。その中で、この事件の弁護人である高田 剛弁護士は次のように述べている。「外事部門の存在意義をアピールする思惑は明らかに 大きかった。それに『経済安保』です。あまり知られていませんが、日本は2017年に外為 法を改正して罰金の上限を大幅に引きあげ、公安部は大川原化工機の事件に初適用しよう とした。背景にはNSS(国家安全保障局)に経済班が新設されたーことも横たわっていて、 それに合わせて公安部は大川原化工機の強制捜査に乗り出した。多少無茶でも外事部門の 存在感をアピールし、同時に中国などへの戦略物資輸出に警鐘を鳴らす思惑があったので しょう。」 この事件は、日本経済を先進的な技術で支えてきた良心的な中小企業が中国を敵国視す る経済安保政策と公安警察の生贄とされたものといえ、法案の危険性を如実に示している といえる。
4 経済安保法案の廃案を求める
安全保障という領域は一般的に、国の専管事項とされている。であれば、経済安保の国 策が通常の経済・産業政策をも規律する場合、官民の関係は当然、従来とは大きく変質せ ざるを得ない。官民の関係が対等な関係から主従関係へ移行することは、企業の活力をそ ぎ落としてしまう危険を有する。そのことは、経済の発展そのものを大きく阻害する危険 性がある。 また、安倍政権下で内閣官房に設置され、諜報機関としての性格が強いとされる国家安 全保障局(NSS)が、2020年4月「経済班」を組織した。そして、諜報的思想の下、安 倍政権時代に特定秘密保護法や共謀罪創設のための法律が制定され、菅政権時代に「マイ ナンバー」を重用し、各省庁の保有する全国民の個人情報を連結させる「デジタル庁」が 発足し、更には、基地や原発周辺、国境離島の土地取引の監視を名目に市民を監視する重 要土地規制法も制定された。 岸田政権の進める「経済安保」も、このような流れに沿っていることは明らかであり、 その軍事的指向は脈々と受け継がれ、むしろ拡大している。そして、今、権力による経済 活動と学術研究、そして人間の活動そのものへの監視・統制が、「経済安保」 の名の下に正当化される危険が生じているのである。 以上のことから、私たちは、憲法の平和主義と基本的人権の保障の原理に反する経済安 保法案に強く反対し、その廃案を求めるものである。 以上