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来年からの高校・新科目「公共」の教科書をみた

2021年07月03日 | 日記

教科書センターで、高校・公共の教科書をみた。
「公共」は2022年度から始まる新しい科目だ。高校公民は、これまで現代社会、倫理、政治・経済の3科目だったが、来年度から公共、倫理、政治・経済に変わる。しかも公共は必修で、公共を学んだあと選択で倫理、政治・経済を学習することになっている。高校には小中と異なり道徳という教科はないが、高校学習指導要領解説総則編高等学校における道徳教育に係る改訂の基本方針と要点」(12p)で「公民科の公共」及び「倫理」並びに特別活動が,人間としての在り方生き方に関する中核的な指導の場面であることを示した」とあり「公共」がきわめて小中の道徳に近く、しかもその前に「校長の方針の下に,道徳教育推進教師を中心に,全教師が協力して道徳教育を行うこと」とあるので、どうやら公共や倫理の担当教員が道徳教育推進教師に指名されそうな状況になっている。そういう事情もあり、いったいどんな教科内容なのか気になっていた。東京書籍、実教出版、帝国書院、教育図書、清水書院など8社12冊の公共教科書が、今年3月末検定合格した。

8社12冊の公共教科書

スタンダードと思われる東書から見始めた。
第1章の「公共空間」の説明にハナ・アーレントやユルゲン・ハーバーマスが出てくる。
公共空間の次は「間柄」と倫理という和辻哲郎の説明、続いて日本に「sosiety」はなかった、あったのは「世間」という話に移り、丸山真男の『おのずから』や無責任の体系を紹介する。そして「公と私」、わたくしより上位のおおやけという日本の概念に対し、パブリックとプライベートを対比する欧米の概念へと展開する。ひとつひとつがひとつの論文、あるいは1冊の書籍になる大問題が次々に登場する。指導書にその部分を教えるのに最低限の資料が要領よく紹介されているのだろうとは思うが、まともに準備しようとすると、かなり大変だろう。なお教育図書は「ドラえもん」のマンガから始めていた。

東京書籍、東京法令出版、教育図書の教科書
東京法令出版という、わたくしが教科書の世界であまり知らなかった出版社の教科書があった。特集「憲法改正の意味」という見開きページ(p60-61)があり、ひょっとすると育鵬社、自由社の中学公民教科書と似た教科書ではないかと身構えた。しかしその予想はうれしい方向に裏切られた
この見開き特集は6つの項で構成される。「1 ルールにはいろいろある」「2 法律と私たち」「3 憲法とは?」「4 憲法改正の手続き」と、憲法と普通の法律との違いを説明し「憲法改正は大きなエネルギーを必要とする国家の一大イベントである(略)憲法改正は、単なる法律改正とは根本的に異なった性格をもつのである、と説き、そこで発議に2/3という多数が必要とすると導く。
なお「2 法律と私たち」には2つの表が含まれる。そのひとつは「法改正で国のあり方が大きく変わった例」で、94年の政治改革四法(小選挙区比例代表並立制の導入)、2015年の安全保障関連法、17年の天皇退位特例法の3つを挙げている。もっともなセレクトだ。
「5 国民に求められること」で、世界では国民投票が組み込まれている憲法が少なくないがその理由の一つは、「なんとなく」や「一時の熱狂」で国の根本をかえることは避けたほうがいいという考えにある、とあった。たしかにそのとおりだ。
最後は「6 国民投票が正しく行われるためには?」で、5月11日に自公・維新・立民などの賛成で国民投票法が成立した現時点で、たいへん意義深い記述がされていた。長くなるが、「正しく行われるための3つの条件」を引用・紹介する。
まず、1)憲法改正は基本的にはやり直しがきかないので、憲法改正の意味について憲法と法律の違いをふまえた共通の理解が十分に国民の間になければならないだろう、と始める。
そして、一般国民が心すべきことが投げかけられる。「これはいつもは憲法と直接にかかわりのない私たちにとって、難しい課題であるといえる」。
2)そのうえでなぜ法律改正ではなく、国民を巻き込んだ憲法改正なのか、発議をする国会は、理由をはっきりと示す必要がある
続けて、その意味が説かれる。
「憲法を改正したところで、実際にはそのあとに法律をつくらなければ実現しない課題も多いのだから憲法改正案とともに憲法改正後の未来像も含めて、新しい社会の構想が提示されるべきであろう」。
そして、もうひとつ条件が追加される。
3)第三に憲法改正に関する情報が、国民に対して十分に開示されていることが必要である。憲法改正をする理由がわかったとしても情報がなければ、改正する必要があるのか、どう改正するのか、適切であるのかを理解できない。
これにも、一般国民との関係での注意が追記される。「私たちは普段は国家の運転を任せている立場なのだから手もちの情報がきわめて少ないことを自覚して臨む必要がある」。
なるほど、とさらに納得する。
監修・執筆者9人、執筆者8人(主として高校教員)のどなたが書かれたかわからないが、監修・執筆者のなかに青井未帆さん(学習院大学専門職大学院教授)の名をみつけた。青井さんの執筆かどうかはわからないが、監修者として目を通されたのはほぼ確実だろう。さすがだと思った。もう7年も前、阿佐ヶ谷市民講座で「「集団的自衛権」の閣議決定7/1を受けて――今後を考える」という講演を聞いたことがある。

清水書院、実教出版、帝国書院の教科書
清水書院の教科書をみると「現代社会の課題や重要なテーマについていろいろな観点から考察する」「公共file」というコラムが30あり、ジェンダー平等、死刑制度、パレスチナ問題、難民問題というテーマもあり、自分ならいったいどんな材料を使いどう分析するのか、いったいどんな授業になるのか、ちょっとワクワクする。
指導要領で第三部は「持続可能な社会 SDGs」と定められている。東京書籍では探求課題、記述論述の例として、「クローン技術の利用をどこまで認めるべきか」「日本の経済格差の背景は何か」「共生社会に向けた『合理的配慮』とはどのようなことか」「気候危機をどのように解決するか」など、これもこちらが教えてほしいような現代的なテーマが並んでいた。
他の教科書でも、靖国神社参拝問題、家永訴訟、立川反戦ビラ事件、「産む・産まない問題」などが取り上げられているのをみた。

「公共」という新科目への期待をかなり多く書いた。しかし指導要領をみてみると、「公民として,自国を愛し,その平和と繁栄を図る」と目標のなかに書かれ(p79)、内容には、法や規範の意義及び役割、司法参加の意義、我が国の安全保障と防衛という項目もあり(p81)、内容の取扱いには「我が国が,固有の領土である竹島や北方領土に関し残されている問題の平和的な手段による解決に向けて努力していることや,尖閣諸島をめぐり解決すべき領有権の問題は存在していないことなどを取り上げる」(p83)という文言もある。指導要領解説には、愛国心に関し「公共的な空間に生き国民主権を担う公民として,自国を愛し,その平和と繁栄を図ること(略)についての自覚」という文言(p33)もあるし、あの評判の悪い22項目の「徳目」に関連し「中学校特別の教科である道徳の内容として定めている22 項目の中にも,「公共」の内容と共通していたり,あるいは関連の深い項目が多く含まれていたりする。したがって,「公共」の指導においては(略)一層深化,発展したものとなるよう配慮する必要がある(p81)。これが教科書に具体的にどう反映されているか、見る必要がある。
また教科書最後の「持続可能な社会づくりの主体となる私たち」は「論拠を基に自分の考えを説明,論述すること」(指導要領81p)が主なねらいとされている。例として「少子高齢化に伴う人口減少問題」について、課題設定、情報収集・分析、考察の2つの方向、構想発表会での説明とアドバイス受け入れ、レポート完成というプロセスが書かれている(指導要領解説77p)が、各社の教科書はどう取り扱っているのか、興味がある。
今回は時間不足でそこまで見きることができなかった。無償法で各採択区で採択する小中と異なり、各校採択の高校教科書を置いている教科書展示会は、東京23区で7つしかない。展示会そのものは、間もなく終了するが、機会があればどこかでまた見てみたい。

それ以上に、公共を教える場合、教員の取り組み方により、生徒の理解や及ぼす影響はずいぶん変わるように思えた。
たとえば、領土問題を扱うとき文科省・指導要領は再三再四「国際法と関連させて取り扱う」と繰り返している。しかし国際法について、前田朗さん(東京造形大学)、阿部浩己さん(明治学院大学)が強調するように、「19世紀後半から20世紀初頭にかけ、西欧列強が世界を分割し植民地を正当化する論理は国際法だった」「先進諸国が主導する国際秩序を正当化し,そこからはみ出すものを排除する暴力性(欧米中心主義)が隠されている」、現代の国際法は変わりつつあるという学説知っているか知らないか、の違いで配布資料も変わってくるだろうし、生徒の理解も変わってくる
また生徒の討論を最終的にどうまとめるか、あるいはどんなコメントを出すかでも、大いに変わってくる。
「主体的・対話的で深い学び」までとうてい及ばず、単に用語・人名など知識の詰め込み教育、暗記科目で終わる可能性もある。

●アンダーラインの語句にはリンクを貼ってあります。


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