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集会報告、読書記録、観劇記録などの「ときどき日記」

自民の地元力を痛感した2024衆議院選

2024年11月12日 | 日記

10月末の総選挙から2週間あまり、データや体験を忘れないうちに記録しておく。
9月27日に石破茂が自民党総裁選に選出されてから、あれよあれよという間に総選挙に突入し、10月21日には早くも新議員と各党勢力が決定した。
結果は、与党・自民が247から191へ56議席減、公明も32から24に8減と惨敗し過半数(233)割れ、立民は50%増の148で憲法「改正」機運が弱まった。よかったと喜びたいところだがそう単純ではない。
立民が今年の通常国会で「統合作戦司令部」の創設、武器輸出や海外との武器共同開発に賛成し、近い将来もし立民中心で国民あるいは維新などの連立で政権交代したとしても、いままでの自公政権と外交・財政など国の基本政策は変わらないということもある。また与党基盤が弱まったので、自民が分裂して複数政党との連立政権をつくる可能性もある。
選挙直後にもかかわらず、早くも来年7月衆参同日選挙の可能性まで取り沙汰されている。
17常任委員会のうち、いままでは13委員会に自民が委員長を出していたが、これを書いている時点で9に減り、しかも予算委員長を立民に明け渡すという。野党の獲得は30年ぶりだそうだ。30年ぶりというと、最近のことでは異常気象や株値高騰のような話だ。今後もしばらく大きな状況変化を反映する現象がみられるだろう。
地殻変動の底流を概観するため比例の得票率推移(2021年と今回を比較)をみると、自民は34.66が26.73、公明は12.38が10.93とたしかに減少しているが、立民は20.00が21.20と微増しているだけだ。これまでの自民同様、1位しか当選できない小選挙区マジックともいえる。なにか小さな風でも吹けば元に戻りそうだ。逆に極右の参政党が3.43、日本保守が2.10と合わせて5.53%、6議席の「一大」勢力になった。2021年にも日本第一党という政党があったが0.06%だったのでないも同然だった。
「ゆ党」では、維新は14.01から9.36と2/3(議席数で5議席減)に減ったのはよかったが、国民民主が4.51から11.32(議席数では7から28)に躍進した。また数は小さいがれいわが3.86から6.98(議席数では3から9へ)に伸び、すべての委員会に委員を出せることになった。
今回の投票率は53.85%、前回より2ポイントほど低く戦後3番目の低さだった。多少の上下はあるが、1980年代から長期低落傾向が続く。また期日前投票の比率が高まり、実際投票した人のうち34.94%、すなわち3人に1人は期日前投票ですませている
ここから先は、東京の話になるので、参考に東京の比例得票率の変化を見ておく。自民は全国より低く31.02が23.63へ、維新が13.32から8.15に減少、立民は20.06が20.47でほぼ変化なし(ただし小選挙区は8議席から15議席にほぼ倍増)、国民が4.75から14.91へ大躍進、極右の参政・日本保守が合わせて6.92、れいわが5.59から7.13へ微増した。全国とほぼ同じ傾向だが、より極端に出ている
立民の小選挙区選出議員が増えたのは、これまで25選挙区だったのが30選挙区に5人増えたことにも一因がある。また議席増のためほぼすべての区で地域割りの変更があった。
なお、国民と立民はほぼうまく選挙協力できていて、東京でバッティングしたのは30のうち3区の品川と島しょ、24区八王子、28区練馬の東、29区足立の西と荒川の4選挙区のみだ。
今回の選挙、わたしは24区八王子、14区江戸川西部・墨田と地元の3地区に支援に行った。東京の東西を走り回ることになった。とはいっても、距離もあるのでそれぞれ3-4回しか行けなかったのだが・・・。

有田候補の右は、MCの菱山南帆子さん
八王子まで行ったのは、あの萩生田を何とか倒したかったからだ。
24区の敗因は、明らかにスタートの出遅れだと思う。9月17日、朝日新聞が2013年の参議院選直前、自民党総裁室で安倍、萩生田、岸らが日本の統一教会会長らと撮った集合写真がスクープされたころから、有田芳生さんが東京24区で立候補するというウワサはあった。党内調整などもあったのかもしれないが、正式に立候補宣言を行ったのは10月8日(火)で、公示の8日前に迫っていた。
前述のように、近年の選挙は期日前投票の割合がどんどん増えており、名前と顔の告知は15日の公示前までだとわたしは考えていて、それまでにどれだけポスティングできるかが勝負の分け目だと思っている。そこで公示1週間前に連絡をとったが、個人チラシはまだできないとのことで、3日前に行くとやっと電話が通じるようになったばかりで事務所の設営準備中だった。仕方なく野田の顔が表紙の立民チラシを西八王子の事務所周辺にポスティングせざるをえなかった。
電話入れなどをして得た感触は、地元の候補はやはり底力があり、強いということだった。こちらは「裏金議員かつ統一教会とのつながり」を訴えたが、明らかに反感を示す人や「有田候補は、どこ出身か」と聞く人もいた。

くしぶち万里候補

江戸川は東京でれいわの議員をつくりたかったからだ。国会内にかつての社民党のような役割を果たす政党が存在し続けてほしい。れいわが東京の小選挙区で候補を出したのは14区と多摩地区の青梅・昭島・福生など25区の2つのみで、まだ少しは近いほうに行ってみようと思った。
14区でも、くしぶち万里・予定候補が三鷹から選挙区を移し、錦糸町で集会を行ったのは4月9日のことだった。ボランティアたちが懸命に墨田・江戸川西部にポスター貼り行動を行った。
公示直前の個人チラシも手が込んでいて、二つ折りチラシに手書きメッセージ(の印刷物)を丸型シールで留め、ポスティングする手づくり感あふれるアイディアものだった。もちろん手がかかり、折りだけでなくメッセージの組合せ・シール貼りの追加2工程が増えたが、10人くらいのメンバーがテーブルを囲み黙々と作業に勤しんでいた。
また公示後の街宣も本人街宣以外に標旗街宣という、スピーカーと本人なしの街宣も駅前やスーパー前で同時並行でやっていた。それでも自民(松島みどり)にトリプル、国民民主(伊藤なな)にダブルの差で敗れた。あれだけ公選法の範囲内のボランティア活動を懸命に行っても、こういう結果とはショックが大きかった
ただ二人とも比例で復活当選できたのは幸いだった。議員になれば、小選挙区当選であれ比例復活であれ、同等に活動できるのだから。

ほその真理候補
地元は、共産党でいちおう立憲野党共闘が成立したので、街宣で少し応援をした。
上野駅前で大きな街宣をしたとき、一人の中年男性に20分近く絡まれた。はじめは無党派と言っていたのだが、いろいろ話すと横浜在住で、比例は所属企業の組合の推薦候補に入れるというので、おそらく国民民主党、小選挙区は菅の選挙区の隣の区で、街宣スピーチを聞いて「心に響く言葉があった」自民党候補に投票するそうだ。共産党候補のいうことは胸に響くものがない、とのことだった。そんなものかもしれない。
「比例は共産」と声を掛けながらビラを配るのは初めての体験だった。たしかに共産党への差別というものがあることを体感した。
また、中央区内ではこれまでほとんど見たことのない自民現職(辻清人)が、区民スポーツの日やオータムフェスティバルでスピーチしていた。やはり自民裏金疑惑への危機感の表れだったのだろう。
3地区とも自民系候補の地元とのつながりの強さを実感した。萩生田氏は地元の幼稚園や地域の会など小さいイベントに小まめに顔を出すという話だった。町内会の幹部ともつながりが深いのだろう。町内会は、その町にひとつしかないので、行政が地域と呼ぶときは町会を指す。町会が福祉や防災の草の根組織になっている。町会の人が商店街振興組合やPTA役員、消防団などの幹部を兼務しているのは珍しくない。また極端な場合、町会長が区議という実態もある。
11月11日特別国会で第二次石破茂内閣が、30年ぶりの決戦投票を経て正式に成立した。 
ただアメリカでトランプが次期大統領に選出され、今後世界が大きく変わりそうだ。もちろん日本の経済、国際政治、国内政治や社会にも大きな影響を及ぼすはずだ。来年1月下旬就任のトランプ政権対策こそ目下、最大の日本の安全保障問題といえる。こちらのほうが日本国内の衆議院選の影響より大きそうだ。

☆選挙最終日の26日土曜夜、新宿駅南口でれいわの街宣をみた。登壇したのは、天畠大輔参議院議員と歌手の喜納昌吉さん、司会は雨宮処凛さん。最後に山本太郎代表がスピーチした。内容はいつものように30年続く不況により国民6人に1人が貧困に陥っていること、能登地震を政治家のなかでいち早く視察した体験から防災省の必要性、消費税減税は海外諸国の例をみると数週間、長くても数か月で実現できることなどで、10秒質問タイムも5人発言し、20時のタイムアウトになった。

そのあとわたしは7月の都知事選のときと同じ長野屋食堂に入った。前回は肉豆腐定食を食べたので、今回はサバ焼き定食にした。これもうまかった。この店は、調理だけでなく、材料もよいものを仕入れているように思った。

●アンダーラインの語句にはリンクを貼ってあります。

 


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