エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

2-IV-16

2022-12-05 09:47:42 | 地獄の生活

「そんなことでしたら」と子爵は遮った。「お安いご用ですとも……」

 ポケットからいかにも豪華な財布を取り出すと、彼は千フラン札を一枚でなく二枚抜き出しウィルキー氏に渡しながら言った。

 「どうやら私の言ったことが信用して頂けたようですね? それはよかった。ではまた近いうちに!」

 ド・コラルト氏がこの内密の約束を確定するのを翌々日まで延期したのは、好き好んでのことでも気まぐれでもなかった。彼はウィルキー氏のことは知り尽くしていたので、このいい加減な若者にこんな重大な秘密を半分握らせたままパリの街をほっつき歩き回らせる危険がどれほどのものか十分に心得ていた。延期というのは大抵の場合、偶然に武器を与えるようなものだ。しかし、今の彼にはそれ以外のやり方を取ることは出来なかった。ウィルキー氏に何らかの取り決めに同意させることを急いだのは、たとえフォルチュナ氏のことは知らなくとも、相続人追跡を生業としている者たちが存在することを彼は知っていたからだ。しつこく嗅ぎまわるそういった連中に先を越されるのではないかと彼は恐れたのである。月曜まで最終的な取り決めを締結させることを延期したのは、彼がド・シャルース伯爵の死を知ってからド・ヴァロルセイ侯爵にまだ会っていなかったからだ。侯爵と話をしてからでなければ、何も決定することはできなかった。

 彼の過去はそのように成り立っていた。荒くれ男の掌に握られた卵のように、ド・ヴァロルセイ侯爵に少しでも怪しまれたら彼はぐしゃっと握り潰される運命だった。

 従って、ウィルキー氏のもとを立ち去ってから彼が向かったのは侯爵邸だった。彼は一息で自分の知っていること、及び計画していることを侯爵に報告した。マダム・ダルジュレがド・シャルースの令嬢であったという話を聞いた侯爵の驚きは大きなものであったろうが、彼は平然とした態度を崩さなかった。遮ることなく話を聞き終えた彼は子爵に尋ねた。

 「今まで私にその話をしなかったのは何故だね?」

 「今までは、貴方様には何の関係もなかろうと思えましたので!」

 侯爵は刺すような視線で子爵をつくづくと眺め、ごく穏やかな口調で言った。

 「別の言い方をすれば、今までずっと判断を保留していたわけだな。私の側に着くか、敵に回るか、どっちがより得か、について」12.5

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