フォルチュナ氏が姿を見せたとき、マダム・ダルジュレはトリゴー男爵と話をしていたのだった。あの尊敬すべき男爵は、パスカル・フェライユールが犠牲となったあの事件には何らかの奸計が存在しているのではないかと疑っていた。ああ、自分はそれが奸計だとはっきり知っていた! 男爵はド・コラルト子爵の企みを白日の下に曝すため自分と同盟を結ぼうと提案した。それなのに、自分は拒否してしまった! だって私はあの子爵に命運を握られているのだもの! 私は自分の秘密を守らんがために無実の人を見殺しにしてしまった。秘密を暴露されないためには共犯者になるよりなかった。最も卑劣でおぞましい犯罪の共犯者に……。
それどころか、自分は男爵の疑念を空想呼ばわりし、強い口調でコラルト氏を擁護さえしたので、唯一の味方である男爵は気持ちを傷つけられ、憤然として立ち去ったのだった……。
ああ神様、あの人がここに来てどうしたら良いか言ってくれないものかしら……。
いろんな事が起きたため彼女の頭は混乱し、眩暈に襲われ、もはや明晰な判断が下せなかった。それでも彼女は何らかの決心をし行動を起こさねばならぬことは理解していた。
マルグリット嬢が彼女の兄の娘であり、法律上はともかく彼女とは血の繋がった姪だということを受け入れられるか? そしてその恋人のパスカル・フェライユールがあの卑劣なド・コラルトの手によって生贄にされ破滅させられたということを? それもド・ヴァロルセイ侯爵の利益のために? マルグリット嬢が自分の意に反し侯爵と結婚させられることを許してよいものか?彼女の兄は彼女に厳しく情け容赦ない態度を取った。それだけに一層、マルグリット嬢を守り、救うことが自分の義務であるように彼女には思われた。捨てられた女の運命がどんなものか、彼女には分かりすぎるほど分かっていた。自分自身も藻掻き苦しんだあの奈落の底に彼女もまた投げ込まれることを許していいものか……。しかし彼女自身運命の軛に喘いでいる身の上であり、パスカルとマルグリットを救おうとすれば彼女にもまた必ず破滅が訪れるであろう……。それでも、万難を排して彼らを救いたいと思った。それが死より苦しいもののように思えても。
彼女がド・コラルト子爵とド・ヴァロルセイ侯爵の犯罪を告発したとすれば人は信じてくれるであろうか? そもそも自分のような女が声を上げたとして、人々は注意を向けてくれるであろうか? もしかしたらド・コラルトならやっつけられるかもしれない。裁判新聞に彼の名前と住所を教えるだけで彼の化けの皮を剥がすことは出来るだろう。だが、ヴァロルセイの方は! 彼の名前、財産、傷一つない経歴は彼女の攻撃の届かないところにあるものではないか? しかし彼こそが最も罪の重い男なのだ。コラルトが実行犯だとすれば、ヴァロルセイが陰謀を企てる黒幕であり、一番倒さねばならない相手なのだ。12.24