彼女は悲嘆の中で、自分の状況をじっくり検討してみようとしたが、なんら解決策は思い浮かばなかった。まるで鉄の足枷で拘束されているかのごとく、もがけばもがくほど身体の自由が奪われていくようだった。周囲はどこを見ても軽蔑、絶望、そして恥辱ばかりであった。
苦痛と恐怖のあまり彼女は時の経過にも気づかないでいたが、中庭からガラガラと聞こえてくる馬車の音にハッと我に返った。
「ジョバンだわ……男爵を連れてきたのね……」
だがそうではなかった! ジョバンは一人だった。
「おられませんでした!」と彼はがっかりした口調で報告した。
しかし、この律儀な召使は主人の馬車を無駄に使いはしなかった。男爵が彼が姿を見せたことのある場所、可能性がどんなに低かろうと彼が見つかるかもしれない場所には全部行ってみたのだった。が、どこでも彼の姿はここ数日見ていないという返事であった。
「それなら」とマダム・ダルジュレは言った。「男爵のお宅まで行ってみればいいわ。ビル・レヴェック通りよ……そこにいらっしゃるかも」
「男爵様がご自宅に寄り付かないことは奥様もよくご存じではありませんか……実は私も行ってみたのですが……無駄でした」
実のところ、トリゴー男爵は三日前から、かつて大使を務めたこともある金満家で知られるカミ・ベイとの一騎打ちのゲームに掛かり切りだったのだ。どちらかが五十万フランを失うまでゲームが続けられるという約束になっていて、男爵言うところの『貴重な時間』を無駄にしないため、彼らは一歩も外に出ず、カミ・ベイが滞在しているグランド・ホテルで食事をし、宿泊していた。この札束が舞うゲームのことがマダム・ダルジュレの耳に入っていなかったとは奇跡的なことであった。社交界ではこの話でもちきりになっていたし、フィガロ紙は、このゲームの詳報を載せていた。毎晩、その日の結果が発表された。最新の情報によると男爵が約二十八万フランのリードを奪っているとのことであった。
「私が戻って参りましたのは、マダム」とジョバンが言った。「ご安心して頂くためでございます。もう一度行って必ず男爵を探し出して参りますので……」
「そんなことはしなくていいわ」とマダム・ダルジュレは答えた。「男爵はきっと今夜いらっしゃるわ、晩餐の後で。いつものように」
彼女はこう言いながら、自分でもそう信じようと努めた。が、実際は当てに出来ないと思っていた。男爵に頼ることは出来ないと……。
「私は今朝、あの方の気持ちを傷つけてしまったから」と彼女は思っていた。「今まで見たことがないほどに怒って帰ってしまわれた。私に腹を立て、恨んでおられるんだわ。今度お会いできるのはいつのことやら!」12.26