エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

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2022-12-28 14:54:47 | 地獄の生活

そう思いながらも彼女は待っていた。じっと通りの車の往来に耳を澄まし、邸の前に馬車が停まる音を聞いたように思ったときは飛び上がり、すっかり待ち草臥れてしまった。夜中の二時になっても男爵は現れなかった。

 「仕方ないわ」と彼女は呟いた。「あの方は来ないんだわ!」

 しかしこの時間になると彼女の辛抱も切れて来た。感覚が極度に鈍くなり、虚脱状態に陥って精神力も思考力も麻痺してしまったかのようだった。大変なことが起こるという確信に近いものがあったので、それを防ぐにはどうしたらいいかと考えることも出来なくなった。呆けたような諦めの気持ちでただ待つだけだったので、雷鳴を聞いただけで雷に打たれるに違いないと覚悟して跪いたというスペインの女たちのようなものであった。

 彼女は這うようにして寝室に行き、横になるとすぐに眠りに就いた。大きな危機に見舞われた人々に訪れるあの深い重苦しい眠り、苦痛からの束の間の休息だった……。

 目が覚めて彼女が最初にしたことは、ベルを鳴らして下女を呼び、ジョバンに再び男爵を探すよう命じさせることだった。しかし律義者のジョバンは女主人の意向を予め察知し、既に早い時間に出かけていた。彼が戻ってきたのは正午を過ぎていたが、彼の皺の寄った顔は晴れ晴れと輝いていた。そして勝ち誇った声で告げた。

 「トリゴー男爵をお連れしました!」

 溺れる者は、流され水を飲んで息絶え絶えになると、藁の一本でも救いの筏のように見えてそれにしがみつくものだ。マダム・ダルジュレが男爵を迎えたとき、まるで彼が不可能を可能に為し得るかのごとく、喜びの叫び声を上げた。ついさっきまでは「もうお終いね、きれいさっぱりお終いね」と繰り返していた彼女に希望の灯がともったのだ。

 「まぁ、来て下さったのね」と彼女は叫んだ。「どんなに苦しい思いでお待ちしていましたことか! ああ、貴方は良い方だわ!」

 男爵は答えなかった。彼はその肥満体でいつも威圧的な態度であるにも拘わらず、通常はかなり敏捷なのだが、今日は足取りもぎこちなく、目は充血して、顔には血の気がなく、身体中を震わせていた。今しがた自宅で起きた凄まじい騒動の影響からまだ抜け出していなかったのだ。妻によって惹き起こされた感情の激発、パスカル・フェライユールから打ち明けられた内密の話、そしてド・ヴァロルセイ侯爵に関する新事実などによって動転していることを、それでも顔には出すまいと彼は自分に強く言い聞かせていたに違いない。

 「ああ貴方に分かって頂けたら」とマダム・ダルジュレは尚も言葉を続けていた。「分かってさえ……」12.28

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