「とうとう見つけたぞ!」と彼は男爵が入ってきたとき叫んだ。「わしは心配しとったんじゃ……」
「何を御心配なすったのですか、大公?」
カミ・ベイは大公と呼ばれていたが、誰もその理由は知らなかった。彼自身もそうだったであろう。おそらく彼がルグラン・ホテルに到着した際、従僕が彼の馬車のドアを開けたとき、この呼称を使ったからであろう……。
「何を、とは遺憾千万!」と彼は答えた。「貴公は現時点で三十万フラン以上わしから勝っておる。シャルルマーニュを決め込む(勝ち逃げする)つもりではあるまいな、と思っておった!」
男爵は眉を顰め、その結果、大公という呼称を引っ込めることにした。
「私の記憶では、貴方様と私との間で合意が成っていると思っておりましたが。我々の一方が相手より五十万フラン勝ち越すまでゲームを続ける、という」
「そのとおりだ。そのために毎日ゲームをすることになっておる……」
「そうかもしれませんが、私は忙しい身です。そのことは申し上げたではありませんか? もしも不安をお持ちなら、ゲームの結果を記録した台帳を破棄してしまいましょう。で、これ以上試合はしない、と。そうすれば貴方様は十万エキュを手にすることになりますよ」
カミ・ベイは男爵が自分の傲慢さをおとなしく受け入れはしないようだ、ということがよく分かったらしく、今までよりずっと遜った調子で言った。
「私は警戒心が強くなりましてな。と言うのも、しょっちゅう人からカモにされるからですよ。私が外国人でおそろしく金持ちだというんで、何かというと私の懐を狙ってくる……。男も女も、貴族であろうが商人であろうが、皆が私をちょろまかそうとする。絵を買おうとすれば、へぼ絵描きの絵を売りつける。馬を買おうとすれば駄馬に法外な値を吹っ掛ける。バカラゲームのテーブルに着けば、ギリシャ人(いかさま師という意味で使われた)がそこにいる、というわけだ。誰も彼も私に金を借りに来るが、誰も返すことはしない……おしまいには私もむかっ腹を立てますよ……」
彼は座り込んだ。男爵はすぐに彼を厄介払いすることは出来まいと判断した。で、パスカルに近づくと、そっと耳打ちした。
「貴方はもうお行きなさい。でないとヴァロルセイを捕まえられなくなってしまう……油断なく、心して。敵は海千山千です。では、しっかり、幸運を祈ります……。勇気を持って!」
勇気を持って? パスカルにその言葉は不要だった。あの辱めを受けたとき、マルグリット嬢が自分を軽蔑すべき男と見なし、自分を見捨てたかもしれないという絶望に打ち勝ってきたそんな男に勇気が不足している筈はなかった。7.31
「何を御心配なすったのですか、大公?」
カミ・ベイは大公と呼ばれていたが、誰もその理由は知らなかった。彼自身もそうだったであろう。おそらく彼がルグラン・ホテルに到着した際、従僕が彼の馬車のドアを開けたとき、この呼称を使ったからであろう……。
「何を、とは遺憾千万!」と彼は答えた。「貴公は現時点で三十万フラン以上わしから勝っておる。シャルルマーニュを決め込む(勝ち逃げする)つもりではあるまいな、と思っておった!」
男爵は眉を顰め、その結果、大公という呼称を引っ込めることにした。
「私の記憶では、貴方様と私との間で合意が成っていると思っておりましたが。我々の一方が相手より五十万フラン勝ち越すまでゲームを続ける、という」
「そのとおりだ。そのために毎日ゲームをすることになっておる……」
「そうかもしれませんが、私は忙しい身です。そのことは申し上げたではありませんか? もしも不安をお持ちなら、ゲームの結果を記録した台帳を破棄してしまいましょう。で、これ以上試合はしない、と。そうすれば貴方様は十万エキュを手にすることになりますよ」
カミ・ベイは男爵が自分の傲慢さをおとなしく受け入れはしないようだ、ということがよく分かったらしく、今までよりずっと遜った調子で言った。
「私は警戒心が強くなりましてな。と言うのも、しょっちゅう人からカモにされるからですよ。私が外国人でおそろしく金持ちだというんで、何かというと私の懐を狙ってくる……。男も女も、貴族であろうが商人であろうが、皆が私をちょろまかそうとする。絵を買おうとすれば、へぼ絵描きの絵を売りつける。馬を買おうとすれば駄馬に法外な値を吹っ掛ける。バカラゲームのテーブルに着けば、ギリシャ人(いかさま師という意味で使われた)がそこにいる、というわけだ。誰も彼も私に金を借りに来るが、誰も返すことはしない……おしまいには私もむかっ腹を立てますよ……」
彼は座り込んだ。男爵はすぐに彼を厄介払いすることは出来まいと判断した。で、パスカルに近づくと、そっと耳打ちした。
「貴方はもうお行きなさい。でないとヴァロルセイを捕まえられなくなってしまう……油断なく、心して。敵は海千山千です。では、しっかり、幸運を祈ります……。勇気を持って!」
勇気を持って? パスカルにその言葉は不要だった。あの辱めを受けたとき、マルグリット嬢が自分を軽蔑すべき男と見なし、自分を見捨てたかもしれないという絶望に打ち勝ってきたそんな男に勇気が不足している筈はなかった。7.31
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