エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

2-VIII-11

2023-07-19 12:48:19 | 地獄の生活
「ノートルダム・ド・ロレッタ通りを下りて行きゃ、すぐのところにありますよ」と彼はついに答えた。「坂を下り切ったところの左手にカルジャット写真館てのがあります」
「ありがとうございます!」
食料品屋の主人は店の敷居のところに立って彼女の姿を目で追った。
「どこのお邸のお嬢さんか知らねぇが」と彼はひとりごちた。「あまりものを知らないんだな」
彼女の様子はいかにも異様で、しかも猛烈な速さで歩いていたため、通りすがりの人々が振り返るほどであった。彼女もそれに気づき、意識的に歩調を緩めるようにした。やがて教えられた場所の近くまで来ると、馬車の出入りできる大きな門の両側に、たくさんの肖像写真が額縁に入れられているのが見え、その上に『E・カルジャット』という名前があった。
マルグリット嬢は中に入っていった。大きな中庭の右手に建物からエレガントに張り出した部分があり、ドアの前に一人の男が立っていた。彼女はその男に近づき、尋ねた。
「カルジャットさんは?」
「はい、こちらです」と男は答えた。「マダムは写真をお求めですか?」
「はい」
「それでは、どうかこちらからお入り願えますか? さほどお待ちになることもございませんでしょう。肖像写真をお求めのお客様が四、五名いらっしゃるだけですから」
四、五人も! どれくらいの待ち時間になるであろう、半時間か、それとも二時間? マルグリット嬢には見当がつかなかった。彼女に分かっているのは、一刻もぐずぐず出来ないということだった。彼女のいない間にマダム・レオンが帰ってきて何もかもばれてしまうかもしれない。おまけに、今になって思い出したが、彼女は引き出しを閉めることすら忘れて飛び出してきてしまった!
「私、待てないんです」と彼女はぶっきらぼうに言った。「カルジャットさんにお会いしなければなりません、今すぐ!」
「ですが、マダム……」
「今すぐと申しているじゃありませんか。さぁすぐに知らせに行ってください……そうして貰わねば!」
彼女の口調は非常に断固としており、その視線には有無を言わさぬ威厳があったので男はもう躊躇しなかった。彼はマルグリット嬢を小部屋に通すとこう言って出て行った。
「どうぞ掛けてお待ちください。すぐに知らせて参ります……」
彼女は座った。というより脚がぐにゃりとなり、倒れ込んだのだ。自分の行動の異様さに思いが至り、その結末に疑いを抱き始め、自分の大胆さに自分でも驚いた。しかし、これからどう言えばいいか、考える暇はなかった。一人の男が入って来た。まだ若く、口髭とルイ13世ひげ(下唇のすぐ下に蓄えられた房状になった髭)を蓄え、天鵞絨の上着を着ていた。彼はマルグリット嬢にお辞儀をすると、いくらか驚いた様子で言った。
「私にお話しがおありだとか?」7.19

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