「さぁ話して頂戴」とフェライユール夫人は、御者が馬に一鞭当てた後、息子に言った。
可哀そうな若者は苦悶に心が締め付けられ、話すことが拷問に感じられるほど気持ちが萎えていた。しかし彼は母親を心配させたくなかったし、自分の意志が挫けたのではないかという懸念を与えたくもなかった。彼は茫然自失の状態から無理やり自分を奮い立たせ、馬車のガラガラいう音に負けないよう声を張り上げた。
「僕が家を出てから何をしていたかをお話します。僕の仕事の関係でラ・レボルテ通りには今の僕たちにぴったりの家が三、四軒あることを思い出したんです。それで真っ先に向かったのがそこでした。そこの一軒でアパルトマンが一つ空いていることが分かったので、借りることにしました。今後の行動の妨げにならぬよう六か月間の家賃を前払いしました……これがその領収書です。これから僕たちが名乗る名前宛ての」
彼は紙切れを取り出して見せた。そこにはモーメジャン氏から二期分の家賃三百五十フランを受領したと家主により明記されていた。
「この仕事が終わったので、僕は再びパリの中心まで引き返しました。で、最初に目についた家具商に入りました。僕たちの小さな住まいに必要な家具だけを借りるつもりだったのですが、家具屋の方はあれこれと不都合を並べ立てるのです。家具が心配で堪らないので、保証金を現金で払って貰いたいだとか、営業許可を得ている商人三人を保証人に立てて貰いたいとか……。そうこうしているうちに時間はどんどん経って行くので、僕は最低限必要な家具を購入することにしました。その条件の一つとしてすべての家具が家に十一時まで届けられ、ほぼ所定の場所に設置されることとしました。そのことはきちんと書面にし、違約金三百フランと取り決めたので、きちんとやってくれると確信しています。新しい家の鍵を彼に預けたので、彼は今頃僕たちを待っている筈です」
このようにパスカルはマルグリット嬢への愛情を思う前に、自分の失われた名誉回復を優先させていた。彼がパリという街の与える利点を知りぬいていたため、この安全な住居の確保という問題を数時間のうちに片づけたのであった。
マダム・フェライユールは息子にこんな才覚があったとは思っていなかったのかもしれない。息子の手をぎゅっと握って彼の努力に報いた。
しかしパスカルが何も言わないでいたので彼女は尋ねた。
「それでいつマダム・レオンに会ったの?」
「僕たちの住まいに関する手配がすべて終わった後のことですよ、お母さん……道具商の店から出てきたとき、まだ一時間十五分時間があることがわかりましたが、もうぐずぐずしていられません。お母さんをお待たせしてはいけないので、クールセル通りまで馬車を走らせました」11.26
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