それらを古道具屋はいちいち手でいじくり、撫で回しては、からかい、貶すのだった。ルーブル宮の中に居る思いだったのに、ただのあばら家だったと示して見せたのだ。これじゃあ人はわざわざ買いませんねえ……こんながらくたを誰が欲しいと思うでしょうか……何たることか!金を必要としているということに付け込み、買い叩く…… それが彼の仕事なのだ。
「これにはいくら払いました?」と彼は家具の一つ一つについて尋ねる。
「これこれです」
「それはそれは!……それじゃ盗っ人同然だ」
確かに盗っ人はいる。彼こそがそれだ。しかし、何が言えよう? 別の古道具屋を呼んだとしても同じことだろう。
マダム・フェライユールは家具を購入する際一万フランは支払ったので、少なくともその三分の一の値打ちはある筈であった。が、彼女が手にしたのは七百六十フランだった。急を要していたし、現金で支払われねばならなかったことは確かなのだが。
九時の鐘が鳴り、旅行かばんを辻馬車に積み込むと、彼女は息子との打ち合わせどおり御者に向かって大声で言った。
「ル・アーブル広場……鉄道の駅まで行って頂戴!」
以前にも一度、ならず者のために一文無しにされ、所持していたものを全て手放さねばならなかったことがあった。住居を古道具屋に委ね、かつての財産の残骸を馬車に積んで出発しなければならなかったことが以前にもあったのだ。
しかしそのときとは大違いだった。そのときは皆が列をなしてやって来てくれ、尊敬と同情そして友情が彼女慰めてくれた…… 声を揃えるように彼女を称賛し褒めたたえてくれたので苦い思いが幾分か和らげられ、勇気を二倍にしてくれたものだ。
ところが今夜は、彼女は一人こっそりと逃げだして行くのだ。偽の名前を使い、監視され見つけられることに怯えながら、まるで犯罪者が自分の犯してしまった罪の思いに追い立てられ、懲罰を恐れるかのように。
彼女の夫の亡骸を墓地に運んで行った日、弔いの馬車の中にぐったりと腰を下ろし息子を膝に乗せていたときの彼女の苦しみは今ほどは大きくなかった。夫は彼女にとってすべてであり、心は夫だけを思い、夫こそが愛情、誇り、幸福そして希望であったというのに。取り返しのつかない不幸に打ちのめされ、自分を打ち砕く運命の手に無力感を味わっていた……。しかし今は人間による悪意そのものが息子を陥れたのである。彼女の苦しみは、自分の潔白を証明することが出来ないために身を滅ぼされる無実の人間のそれであった……。11.22
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