そんなウィルキー氏が自身の収支対照表のことを考えて冷や汗を流すとすれば、それは彼が手中にしたと思ったのに、手からスルリと抜け落ちてしまった莫大な相続財産の為であった。ド・シャルース伯爵の遺産と強欲な彼の間に脅威として冷笑的に立ちはだかるのは彼の父の存在であった。彼が会ったこともない父親。マダム・ダルジュレが身震いすることなしには、その名を口にすることも出来ない男……。
その男は手強い敵に違いない。元船乗りのアメリカ人であり、賭博場その他のいかがわしい溜まり場を闊歩する遊び人であるその男は、もう二十年以上も前から自分が誑し込んだ女から得られる財産を虎視眈々と狙っているのだ……。
現在の自分の状況を吟味すると、ウィルキー氏は激しい不安に襲われた。自分は一体どうなるのだろう……? マダム・ダルジュレが今後、自分にびた一文もくれないだろうということは確かであった。彼女にはもうその力がないであろう、ということぐらいは彼にも分かった。
もしもド・シャルース伯爵の遺産のほんの一部でも受け取ることが出来るとして、そのこと自体かなり望み薄ではあるが、そのためには長い間待たされることになるだろう……確かにありそうなことだ。その間、自分はどうやって生きて行けばいいのか? どうやって食っていく?
彼は痛切に苦しみを感じたので、目に涙が滲んできた。自分の行為を思い、殆ど嘆きたい気持ちになっていた……。そう、このとき彼は自分の過去を悔いる境地に達していた。自分の運命を苦々しく思って不平を言っていた年月を……。
確かに大金持ちとは言えなかったが、少なくとも何にも不自由はしなかった。三か月毎にかなりな額のお小遣いがきちんと送られてきたし、何か大金が必要なときには、謹厳なパターソン氏がいた。パターソン氏は言いなりというわけではなかったが、取り付く島のないほど厳しくもなかった。
あの頃は良かった、と彼は思わずにいられなかった。ああ、自分が恵まれていたということにちゃんと気づけていたら! 仲間内では一番羽振りの良い男の一人だった自分。ちやほやされて光り輝いていたのに。愛され、称賛され、持ち上げられて……。それにあの『ナントの火消し号』、あれには大いなる愛情を注いでいたのに!
ところが今の自分に残されているものと言えば? 何もない。あるものと言えば、迷い、将来への不安、あらゆる種類の不確かさ、そして恐怖だ!
「何たるへま!」と彼は繰り返していた。「何というしくじりをやっちまったんだ! ああもう一度やり直せたらなぁ! あのド・コラルト子爵の奴、悪魔に喰われちまえばいいんだ……」
絶望の中で、彼が憤懣をぶつける相手はかの子爵であった。あいつの所為だ、と彼は相手を呪った。この恩知らずの怒りが爆発し最高潮に達していたとき、門のベルを鳴らす音が突然、荒々しく響いた。召使の部屋は屋根裏にあり、アパルトマンに居るのは彼一人だった。11.23
その男は手強い敵に違いない。元船乗りのアメリカ人であり、賭博場その他のいかがわしい溜まり場を闊歩する遊び人であるその男は、もう二十年以上も前から自分が誑し込んだ女から得られる財産を虎視眈々と狙っているのだ……。
現在の自分の状況を吟味すると、ウィルキー氏は激しい不安に襲われた。自分は一体どうなるのだろう……? マダム・ダルジュレが今後、自分にびた一文もくれないだろうということは確かであった。彼女にはもうその力がないであろう、ということぐらいは彼にも分かった。
もしもド・シャルース伯爵の遺産のほんの一部でも受け取ることが出来るとして、そのこと自体かなり望み薄ではあるが、そのためには長い間待たされることになるだろう……確かにありそうなことだ。その間、自分はどうやって生きて行けばいいのか? どうやって食っていく?
彼は痛切に苦しみを感じたので、目に涙が滲んできた。自分の行為を思い、殆ど嘆きたい気持ちになっていた……。そう、このとき彼は自分の過去を悔いる境地に達していた。自分の運命を苦々しく思って不平を言っていた年月を……。
確かに大金持ちとは言えなかったが、少なくとも何にも不自由はしなかった。三か月毎にかなりな額のお小遣いがきちんと送られてきたし、何か大金が必要なときには、謹厳なパターソン氏がいた。パターソン氏は言いなりというわけではなかったが、取り付く島のないほど厳しくもなかった。
あの頃は良かった、と彼は思わずにいられなかった。ああ、自分が恵まれていたということにちゃんと気づけていたら! 仲間内では一番羽振りの良い男の一人だった自分。ちやほやされて光り輝いていたのに。愛され、称賛され、持ち上げられて……。それにあの『ナントの火消し号』、あれには大いなる愛情を注いでいたのに!
ところが今の自分に残されているものと言えば? 何もない。あるものと言えば、迷い、将来への不安、あらゆる種類の不確かさ、そして恐怖だ!
「何たるへま!」と彼は繰り返していた。「何というしくじりをやっちまったんだ! ああもう一度やり直せたらなぁ! あのド・コラルト子爵の奴、悪魔に喰われちまえばいいんだ……」
絶望の中で、彼が憤懣をぶつける相手はかの子爵であった。あいつの所為だ、と彼は相手を呪った。この恩知らずの怒りが爆発し最高潮に達していたとき、門のベルを鳴らす音が突然、荒々しく響いた。召使の部屋は屋根裏にあり、アパルトマンに居るのは彼一人だった。11.23
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