男爵夫人が自然のままでいることを選んでいれば、今頃どんな姿でいることだろう! というのは、もともとの彼女の髪はマルグリット嬢のものと同じく黒であり、三十五歳まではそうしていた。それから赤毛が疫病のように爆発的に流行したときは赤毛に染め、廃れるとやめた。このようにして今でも四日に一度は美容師が彼女の頭に特殊な液を塗りにやって来る。その後太陽光を浴びながら乾かすため、数時間はじっとしていなければならない。そうすることで髪により金色の光沢を与えることになるという……。
そんなことはどうでもよい!パスカルがまだこの出会いに気が動転していたとき、召使が男爵の書斎のドアを開けた。それは巨大な部屋で、この一間だけで家賃三千フランのアパルトマンがすっぽり収まるかと思われた。調度品は、気に入った物はなんでも即座に買うことの出来る金持ちが集めるような特別に豪華なものばかりだった。その中に男爵が居て、山のように積まれた書類の整理に没頭している数人の男たちの中で非常に忙しそうにしていたが、パスカルの姿を見るや、勢いよく立ち上がり、手を大きく差し出しながら彼の方に近づいてきた。
「ああ、いらっしゃいましたね、モーメジャンさん!」と彼は叫んだ。
彼はちゃんとパスカルの別の名前を覚えておいてくれた! これは些細なことではあるが、この上ない吉兆であるように思われた。
「はい、参りました……」とパスカルは言い始めた。
「ああ、もちろん、もちろん」と男爵は彼の言葉を遮って言った。「さぁこちらへ。二人でお話をしましょう……」
そしてパスカルの腕を取り、書斎から二重ドアで隔てられている寝室へと彼を導いた。ただ、この二重ドアの扉は取り払われ仕切り幕で隔てられていた。寝室に入ると、男爵は話し声が隣の部屋に聞こえる可能性があるので低い声で話さねばならない、と身振りで示した。
「いらしたのは、私があのヴァロルセイ侯爵に用立てると約束した十万フランをお受け取りになるためですね……」
「確かに、男爵……」
「結構、今お渡ししますよ。いらっしゃることが分かっておりましたので、ちゃんと用意してあります。ほら、ここに……」
男爵はライティングテーブルの蓋を開けると、千フラン札三十枚の束と六万フランのフランス銀行手形を取り上げ、パスカルに手渡しながらこう言った。
「さぁ、これだ。ちゃんと額面を確かめてください……」
しかしパスカルは突然顔を真っ赤に染めたまま、黙っていた。というのは、この大金を実際目の前にしたとき、ふとある考えが頭に浮かんだのだ。ごく自然な考えではあるが、今まで思いつかなかったものである。
「え? 何です?」彼の突然のあきらかな躊躇を見て驚いた男爵が尋ねた。「どうかしましたか?」
「いえ、男爵、何でもないんです。ただ、ふと思ったのです……どう言ったらいいか……私はこのお金を受け取るべきなのか、受け取っていいものかと……」
「なんと!何故そんなことを仰る?」
「つまりその、もし貴方がこのお金をド・ヴァロルセイ侯爵にお貸しになれば、それはおそらく戻っては来ないでしょう」
「おそらく、ですと? 貴方は控え目な言い方をなさる!」7.4
そんなことはどうでもよい!パスカルがまだこの出会いに気が動転していたとき、召使が男爵の書斎のドアを開けた。それは巨大な部屋で、この一間だけで家賃三千フランのアパルトマンがすっぽり収まるかと思われた。調度品は、気に入った物はなんでも即座に買うことの出来る金持ちが集めるような特別に豪華なものばかりだった。その中に男爵が居て、山のように積まれた書類の整理に没頭している数人の男たちの中で非常に忙しそうにしていたが、パスカルの姿を見るや、勢いよく立ち上がり、手を大きく差し出しながら彼の方に近づいてきた。
「ああ、いらっしゃいましたね、モーメジャンさん!」と彼は叫んだ。
彼はちゃんとパスカルの別の名前を覚えておいてくれた! これは些細なことではあるが、この上ない吉兆であるように思われた。
「はい、参りました……」とパスカルは言い始めた。
「ああ、もちろん、もちろん」と男爵は彼の言葉を遮って言った。「さぁこちらへ。二人でお話をしましょう……」
そしてパスカルの腕を取り、書斎から二重ドアで隔てられている寝室へと彼を導いた。ただ、この二重ドアの扉は取り払われ仕切り幕で隔てられていた。寝室に入ると、男爵は話し声が隣の部屋に聞こえる可能性があるので低い声で話さねばならない、と身振りで示した。
「いらしたのは、私があのヴァロルセイ侯爵に用立てると約束した十万フランをお受け取りになるためですね……」
「確かに、男爵……」
「結構、今お渡ししますよ。いらっしゃることが分かっておりましたので、ちゃんと用意してあります。ほら、ここに……」
男爵はライティングテーブルの蓋を開けると、千フラン札三十枚の束と六万フランのフランス銀行手形を取り上げ、パスカルに手渡しながらこう言った。
「さぁ、これだ。ちゃんと額面を確かめてください……」
しかしパスカルは突然顔を真っ赤に染めたまま、黙っていた。というのは、この大金を実際目の前にしたとき、ふとある考えが頭に浮かんだのだ。ごく自然な考えではあるが、今まで思いつかなかったものである。
「え? 何です?」彼の突然のあきらかな躊躇を見て驚いた男爵が尋ねた。「どうかしましたか?」
「いえ、男爵、何でもないんです。ただ、ふと思ったのです……どう言ったらいいか……私はこのお金を受け取るべきなのか、受け取っていいものかと……」
「なんと!何故そんなことを仰る?」
「つまりその、もし貴方がこのお金をド・ヴァロルセイ侯爵にお貸しになれば、それはおそらく戻っては来ないでしょう」
「おそらく、ですと? 貴方は控え目な言い方をなさる!」7.4
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