彼の『大親友』が立ち去っていく姿を見ながらウィルキー氏は満足の大きなため息を吐いていた。まずはこのとてつもない喜びに恥ずかしげもなく耽りたかった。そしてはち切れんばかりに彼の頭に充満している驕りの気持ちを鎮めるべく一人になりたかった。
もうあのケチな二万フランぽっちの支給金とはおさらばだ。借金も、金のない窮屈さももうおしまい。欲しいものが手に入らないあのイライラした気持ちを感じることはもうないのだ! 何百万という金! 目の前にその金が見え、手で触れられるような気がした。金貨が指の間を滑って行く感触! どんな馬でも買える。飾り立てた馬車、騎手たち、綺麗どころの女たち。こういった物が彼の頭の中で狂ったようにサラバンドを踊っていた。ド・コラルト氏の目の中に羨望の光が垣間見えたように彼は思い、それこそが彼の幸福の絶頂を極めるものだった。彼の目標であり憧れの対象である、あの輝く貴公子の子爵に羨ましがられる! これからどんなワクワクすることが待っていることだろう?
マダム・ダルジュレの評判は喜びに影を落とすものではあったが、これもよく考えてみればすぐに雲散霧消した。自分の母親であるこの女性の立場について、彼は偏見など持っていなかったし、個人的に苦痛を覚えるものではなかった。世間がどう思うかという問題は残っているにせよ……。しかし、そんなもの、なんだと言うのだ! 今の時代、世間にも彼と同じく偏見は殆どなくなっている。そもそも大金持ちの両親が誰かなどと誰も詮索しないものだ。通行証が求められるのは貧乏人だけだ……。
それに、マダム・ダルジュレが過去に何をしたにせよ、彼女がフランスでも有数の名家の一つであるド・シャルース家の一族であり、つまり相続人であることは間違いない。
このように思いを巡らしながら、ウィルキー氏はいつもより更に念入りに服装を整えた。彼はマダム・ダルジュレが自分を息子と認めないかもしれないと聞かされショックを受けていたので、彼女の前に姿を現すときには最高の状態で臨むのだと心に決めていた……というわけで身嗜みには時間が掛かった。
とは言え、正午ちょっとすぎには支度が出来た。彼は鏡の中の自分に最高の微笑みを投げかけ、金色の口髭を一ひねりしてから出発した。徒歩で出かけたのだが、これは彼に言わせるとド・コラルト氏の馬鹿げた考えに譲歩したものだった。ベリー通りのマダム・ダルジュレ邸が見えてくると彼の覚悟は決まったものの、勝利を確信していた彼の図々しさが幾分消し飛んだのも事実であった。
「へーえ!」と彼は口の中で呟いた。「なかなかイケてるじゃん!」
門のところに二人の召使いがいた。絹のストッキングを穿いた門番とマダムの信頼篤いジョバンが全身黒ずくめのいでたちで話をしていた。ウィルキー氏は二人に近づき、精一杯偉ぶった態度で声を掛けたが、その声はほんの少し震えていた。2.1
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