マルグリット嬢は優しく首を振って答えた。
「あなた様にはどのようにお礼を申し上げても申し尽くすことはできません。あの卑しむべき非難を浴びせられたとき一蹴して下さいました。その他のことについては、私は何も期待したことはありませんし、今もしていません」
この言葉は彼女が心に思うことを述べたものであり、彼女の口調からはっきりとそう感じられたので、判事はそのことに驚き、また同時に心配にもなった。
「おやおや、娘さん、そんな捨て鉢なことを言うものではありませんよ」と彼は滅多に見せぬ人の好い親爺風の態度で言った。「そんなことを仰る理由が」ここで彼はマルグリット嬢をじっと見据えた。「あるのでない限り……。ま、しかし今はこれぐらいにしておきましょう。私はこれから一時間ばかり身体が空きますのでな、貴女と話をしましょう、父と娘のように」
この言葉を聞いて書記官は立ち上がった。しばらく前から、この陽気な男の上には霧が掛かったようになっていたが、今じれったそうに鍵の束をジャラジャラと鳴らした。というのは、封印を貼付する度にその鍵が封印を解く際の責任者である書記官に委ねられていたからである。
「よく分かったぞ」と判事が応じた。「お前の腹はわしのより辛抱がきかんようじゃな。夕食の時間までココア一杯だけでは足りんと文句を言っておる。よし、昼食を取って来い。行きがけに裁判所の文書課に寄るのだ。わしはここに居るから、食事が終わったらここへ戻って来い。報告書作成の仕事はそこまでにして、皆の署名を貰うがよい」
作業に予定されていた時間はとっくに過ぎていた。空腹に急き立てられ、書記官は定められた書式を非常な早口で読み上げ始めたので、これを理解できるのはよほど事情に通じた者でなければならなかった。『現調書の表題並びに目に付きたる証拠品の目録作成、及び封印の貼付は上記に記載さるごとく午前九時より正午まで行われ……』
その後、彼が頭書に記入していた使用人たちの名前を読み上げ、一人一人が順に前に進み出て自分の署名をするなり、Xを書くなりして引き下がっていった……。
マダム・レオンは判事の顔つきから、退出すべしという命令を読み取ったので、不承不承引き下がろうとした。そのときマルグリット嬢が彼女を押し留め、尋ねた。
「今日私宛てに何も届かなかったこと?」
「いいえ、何も、お嬢様、私自分で門番部屋まで降りて行って調べましたから」
「昨日の夕方、確かに私の手紙を投函してくれたわね?」
「まぁ、お嬢様、お疑いですの?」
マルグリット嬢はため息を押し殺した。そして素早く付け加えたが、それにはもう行ってよいという意味が込められていた。
「ド・フォンデージュ様に来て頂くようお願いしなければなりません」
「将軍様ですか?」
「ええ」
「すぐに使いを遣りますわ」と家政婦は言った。
彼女は出て行ったが、ドアの閉め方には明らかに不機嫌さが見えた。3.18
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