VIII
ついにド・シャルース氏の書斎に治安判事とマルグリット嬢は二人だけになった。ここは伯爵が生前とりわけ愛用していた部屋で、高い位置から吊るされた壁掛けや鉄細工の施された黒い木製の家具などが薄暗く壮麗な雰囲気を醸し出していた。が、今は重々しく陰気に感じられた。デスクの上にごちゃごちゃに積み上げられた書類やすべての錠前、すべての櫃、書架、クロゼットにまで張り巡らされた白いテープは見る者の目に寒々と映った。
判事はシャルース伯爵の肘掛け椅子をやや部屋の中央に向けて座り、マルグリット嬢は彫刻の施された高い背もたれの椅子に座り顔は光を全面に浴びていた。しばらくの間、二人は互いに向き合ったまま黙っていた。判事は質問すべきことを心の中で整理していた。マルグリット嬢の殆ど非社交的とさえ言える控え目さをよく理解していたので、もし誇り高い彼女をおじけづかせてしまったら、彼女から何も引き出せないばかりか、彼女の助けになろうと思っているのにそれが果たせないであろうと考えていた。というのは、知り合ってまだ数時間しか経たないこの娘に彼は敬意と称賛を覚え、曰く言い難い同情を感じており、彼女の力になってやりたいと強く思っていたからだ。やがて彼は口を開いた。
「お嬢さん、使用人たちの前ではお尋ねすることを控えておったのですが、この場でもし差し支えなければ、お聞きしたいことがあります。これはもちろん、答える答えないは貴女のご自由であるということは申し上げておく……じゃが、わしは好奇心からでなく、わしの務めと思ってこう言うのですが、貴女はお若い、わしは年寄りじゃ、わしの長年の経験が貴女のためになるとすれば、それを役立てて貰いたいと……」
「どうぞお聞きになって下さいまし」とマルグリット嬢は遮って言った。「あなた様のご質問に正直にお答えいたします……さもなければ沈黙を守ります」
「それでは始めましょう」と彼は言った。「シャルース伯爵には親族が全くおられない、と聞きましたが、これは正確な事実ですか?」
「現実にはそのように言えます。ですが、伯爵について人が言うのを聞いたのですが、伯爵には妹様がおられて、エルミーネ・ド・シャルース嬢と仰います。この方が今の私と同じ年ごろにご両親の邸から家出をなさったのだそうです。二十五年から三十年前のことです……で、ご両親が遺された莫大な財産のその方の取り分を全く受け取っていらっしゃらないとのことです」3.20
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