エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

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2021-05-22 10:04:42 | 地獄の生活

そしてこの目的を達成するため、彼は自分の財産の形を変え、全財産を札入れに入れ常に持ち歩ける日が来るまで心安らかにはしておれん、と言いました。そしてその日から、彼は莫大な資本を移動させ、売ったり、借りたりし始めました。そして持参人払いの手形にして何百万フランというお金が彼の書き物机の引き出しに置かれたままだったのです、突然の死が彼を襲うその日の朝まで。

可哀想な伯爵!彼が考え抜いて講じたすべての計画がおじゃんになってしまいました。彼が恐れていた私の知らぬ相続人たち、果たして存在するのかさえ誰も知らない、その人たちがやって来たとしたら、彼があれほどまでに渡すのを拒んでいた財産がそっくりそのまま手つかずにあるのを見出すことでしょう。

伯爵は私のために輝かしい将来を夢見ていたのです。侯爵夫人という地位、由緒正しい名前……。それなのに、最も卑劣な嫌疑から私を護ることさえ出来ませんでした……彼の遺体がまだ温かいうちから私は盗みの疑いをかけられました……。

伯爵は私が裕福になるように、彼と同じぐらい気の遠くなるようなお金持ちになるようにと願い、私に目も眩むばかりの大金を見せつけた後、結局パンの一切れも私に残せませんでした。正確に言うとそういうことです。

私の将来を彼は案じていましたのに、私の身に迫っているという危険の正体を明かさぬまま死んでしまいました。それに、彼が本当に私の父なのかどうかを私に言わずに死んでしまいました。私の気持ちの上ではそうだと信じていたのですが……。

知らず知らずのうちに彼は私を社会的な最高階級へと引き上げ、お金という魔法の杖を私の手に持たせ、世界が私の前に跪くのを見せました。ところがあっと言う間に、彼に拾われる前よりもっと卑しい位置にまた転落させたのです……。

ああド・シャルース伯爵、私をあの孤児院に放っておいてくれた方がずっと良かったのに。そうしていたら、私は今頃自分で働いて生活していたのに……。それでも伯爵、私はあなたを許します」

マルグリット嬢はしばし椅子に深く座り直し、言い残したことはないかと記憶の中を探っていたが、何も見つからなかったので今度は治安判事の方に近々と身を寄せ、荘厳な調子で言った。

「判事様、今はもう貴方様は私と同じくらい私の人生についてご存じです。私にとって唯一の希望であるある人でさえ知らないことまでご存じです。もし私がその人にありのままの自分をさらけ出したとすれば、その人は私を自分にふさわしくない女だと思わないでしょうか……」

判事はばね仕掛けのように飛び上がった。彼が長年流したことのなかった大粒の涙が二粒瞼の端から転がり落ち、顔の皺の中に消えた。

「貴女は気高く尊敬すべき娘さんです。もし私に息子があったとして、貴女のような人を妻として選んだなら自分はなんたる幸福者だと思うことでしょう!」

マルグリット嬢は気も狂わんばかりの喜びの表情を浮かべ、両手を組み合わせ、息も絶え絶えに椅子の上に倒れ込み、判事を見つめながら呟いた。

 「ああ、判事様、有難うございます!」

 彼女はパスカルのことを考えていたのだ。自分の辛い悲惨な過去を正直に彼に打ち明けたら彼がどう思うか、彼女はそのことを怖れていたのだった。

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2021-05-21 09:15:02 | 地獄の生活

伯爵はなぜか以前より開けっぴろげになり、出来る限り現金を集めようと専心しているのを私に隠しませんでした。それから実業家の方々が頻繁に来られるのを目にしました。彼らが帰った後、伯爵は私に紙幣の束や証券類を見せ、こう言ったものです。

『可愛いマルグリットや、私がお前の将来のことを考えているのがよく分かるだろう』と。

伯爵が亡くなられた今、このことだけは言えます。伯爵の人生の最後の数か月間、絶えず彼の頭にあったものはこのことでした。私を引き取ってから二週間も経たない頃、伯爵は私を養子とし、私を唯一の遺産相続人に指定する旨の遺言書を作成しました。しかしこの遺言書は破棄されました。私に十分な保証を与えるものではない、と仰って。そしてその後十通以上も作っては破り捨てるということが繰り返されました。というのも、伯爵はいつも遺言書の条項をどうするか、最終的にどのようなものにするかについて気に病んでおられました。まるで不意打ちの死の予感でもあったかのように。それにもう一つ付け加えて申し上げますと、伯爵は私に財産のすべてを残すことよりも、誰かに相続させないようにすることの方に心を砕いているように見えました。彼の書いた最後の遺言書を一緒に燃やしながら、彼は私にこう言いました。

『この証書は無意味だ。異議を申し立てられ、おそらく取り消されることだろう。私にはもっと良い考えがある。すべて上手く収める方策がある』と。

私は反対しようとしました。自分がなんらかの復讐あるいは不正行為の道具に使われているようで、もし相続人が存在するなら、その人たちの権利を剥奪することに手を貸すことになると考えて憤りを感じたからです。

『わしのやることに口出しするな』と伯爵は容赦ない口調で言いました。『わしの財産を狙っている奴らに一杯喰わしてやるのだ。良い気味だ!そうとも!やつらはわしの所有地を喉から手の出るほど欲しがっている。よし、遺してやろうじゃないか。奴らが手にすることになったとしても、それはぎりぎりの価値まで抵当が掛けられた土地だ』5.21

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1-X-8

2021-05-20 11:10:58 | 地獄の生活

 こう聞かされても、私は殆ど動じませんでした。じっくり考えて決心するための時間はまだありました。私は内気ですけれど、弱虫ではありません。ド・シャルース伯爵に抵抗する決意は固めていました。最悪の場合には彼のもとを去り、彼が優しい言葉で約束してくれていた彼の全財産を放棄する決心でした。私の胸の内の思い、熟考、断固たる決意などを私はパスカルには何も言いませんでした。私に結婚話が持ち上がっているということは、もし彼に垣間見せたにしても、ほんの少しだけでした。もし打ち明ければ彼が私に与えてくれるに違いない言質で彼を縛りたくなかったのです。私には彼の誓いの言葉だけで十分でした。ときどきこんな風に考えてみるとき、私は喜びで震えました。

『ド・シャルース伯爵は私の抵抗に業を煮やして、屋敷から私を追い出すかもしれないわ。そうなったって構わない。というより、そうなった方がどんなに嬉しいか……パスカルがいてくれるんだもの!』

でも抵抗するためにはまず攻撃されなければなりません。それなのにド・シャルース伯爵は私に何も言いませんでした。ヴァロルセイ侯爵との間でまだすべてが了解済みではなかったのかもしれませんし、私が油断しているときにびっくりさせて考える力を奪ってしまおうという計画だったのかもしれません。私の方から話を切り出すのはとてつもない浅慮だったでしょう。私は伯爵という人をよく知っていましたから、彼の意図を先読みすることなど出来ないと分かっていました。それで私は平静に、ではなくとも、少なくともある諦めの気持ちで待っていました。いざというときのために力を蓄えておこうとしていたのです。私は小説に出て来る女主人公とは違います。恥ずかしながら告白しますが、私はお金というものに対し、そうあるべき軽蔑を抱いてはおりません。結婚に際しては、自分の心が決める方と、と固く決心しておりましたが、私はその……シャルース伯爵が大金ではなく、ささやかな持参金を付けてくださることを願っていました……。5.20

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2021-05-19 11:57:03 | 地獄の生活

二人が帰られた後、私はド・シャルース伯爵に叱られました。私のセンチメンタルな人生観は社交場での振る舞いにそぐわない、人生や世の中や結婚、義務についての私の考えは孤児院の影響を受けている、と。私が反駁しようとすると彼は私を遮り、改まった口調でド・ヴァロルセイ侯爵を褒め称え始めました。彼は素晴らしい人間であり、家柄も立派で、抵当に入っていない広大な土地を持ち、才気煥発でハンサムな青年で……特権階級の一人であり若い娘がみな憧れる結婚相手であると。そのとき私の目から鱗が落ちました。ド・ヴァロルセイ侯爵こそが大勢の中からド・シャルース伯爵が選んだ私の結婚相手だったのだと分かったのです。それが伯爵の計画だったのだと納得しました。大衆を惹きつける広告を掲げるようなやり方が……。伯爵が私のことを俗悪趣味の人間だと思っていたことに私は憤慨しました。ヴォロルセイ侯爵が描いてみせた愚かな歓楽の生活、下品な魔術幻灯に惑わされるような女だと思われていたとは。侯爵のことは最初から気に入りませんでしたが、ド・シャルース伯爵の財産の前に跪く彼を見た今となっては、軽蔑しかありませんでした。あの薄っぺらな弁舌に隠された彼の破廉恥な取引には疑いの余地がありませんでしたから。彼は私に自由を与えると言いましたが、それは私の持参金と引き換えに、なのです。それぐらいは許されると人は言うかもしれません。ある一定の額なら容認するというのであれば、その二倍、三倍の額であったなら一体どうなりますか? というのが私の考えたことでした。それでもこれは自分の思い違いかもしれないではないか、と自分の心に問いかけました。でも、その後引き続き起きたことが私の疑いに確証を与えました。

 その翌々日、ド・ヴァロルセイ氏がやって来ました。そして伯爵と部屋に閉じこもり二時間以上も相談をしていました。侯爵が帰ってからド・シャルース伯爵の部屋に入ると、机の上に彼の所有地の不動産登記証書がすべて積んで置いてあるのが見えました。結婚すればどれくらいの財産を手にすることになるか彼が知りたがったので、見せなくてはならなかったのでしょう。次の週にまた話し合いです。このときは公証人が立ち会いました。ヴァロルセイ氏が法的な保証を得たのでしょう。

 最終的な疑いはマダム・レオンからもたらされました。彼女はドア越しに聞き耳を立てるという習慣のおかげで、いつも非常に事情に通じていたのです

 『貴女様は結婚なさるのですよ』と彼女が言いました。『私、この耳で聞きましたから』5.19

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1-X-6

2021-05-16 10:27:01 | 地獄の生活

 治安判事は椅子の上で身体を立て直し、マルグリット嬢の目を探るように見た。二人の目が合ったとき、彼は言った。

 「それでは、書き物机の中で我々が見つけた手紙というのは、貴女のお母上からのものなのですね……」

 マルグリット嬢は顔を赤らめた。その手紙に関しては既に尋ねられていたが、彼女は答えないでいたのだった。彼女はしばし考えている様子だったが、やがて次のように答えた。

 「判事様のお考えになっていることは私と同じでございます」

そしてすぐに、新たな質問を避けるように、彼女は一種の能弁さで先を続けた。

 「更に、新たな差し迫った問題が持ち上がり、私は自分の出生についてあれこれ悩んでいる余裕もなくなったのです。それから一カ月後、ある朝朝食を取っているとき、伯爵がその日の晩餐に客を二人呼んであると私に告げたのです。それは今までの習慣を大きく打ち破ることだったので、私はびっくりして口もきけませんでした。

 『確かに、こんなことは滅多にないことだ』と伯爵は陽気に言いました。『が、そういうことだ……ときには人づきあいもせんとな……今夜お迎えするのはド・フォンデージ氏とド・ヴァロルセイ侯爵だ。だからマルグリット、今夜はわしのためにおめかしをしてくれんか』

 六時に、これら二人の紳士が揃って到着しました。私はド・フォンデージ様は知っていました。『将軍』と呼ばれている方でド・シャルース伯爵の唯一のお友達です。それまでに何度もいらしていました。でもド・ヴァロルセイ侯爵という方にはお会いしたことがなく、その朝初めて名前を聞いたのです。その方のことをとやかく言うのは控えますが……一目見たときから、感じが良いとはとても言えず、虫唾が走るほどでした。最初私をあまりにじろじろ見るので、上辺だけでも愛想の良い態度を取ることが苦痛になったほどです。その後は自分が気の利く人間であることを誇示しすぎで、晩餐のときは殆ど私だけを相手に喋っていました。特によく覚えているのは、彼が良き家庭と呼ぶものを描いて見せたことです。それを聞いて私は気分が悪くなりました。彼によると、夫というものは家庭における筆頭大臣に甘んじるべきで、妻の気まぐれの忠実な僕でなければならない、それが彼のやり方だと言うのです。それから、自分が結婚した暁にはヴァロルセイ侯爵夫人が望むすべての自由を与える、両手にあまるほどのお金、最も豪華な衣装、パリで一番のダイヤモンド、煌びやかな装身具、その他贅沢の極み、つまり夢物語のような、目も眩むがごとき生活を……。

 『こういう考えを持つ夫に満足しない侯爵夫人がいるとすれば』と彼は私を横目で見ながら付け加えました。『その方はよほど気難しい方でしょうな』

 私は腹が立って我慢できませんでした。

 『そのような考えを持つ夫がいると思うだけで』と私はにべもないない口調で答えました。『私なら一番厳格な修道院の奥まで逃げ込みたくなってしまいます』

 彼は面目を潰されたという顔をしていましたが、『将軍』は、ド・フォンテージ様のことですが、侯爵に嘲るような視線を送ると、別の話題を口になさいました。

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