エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

第X章

2021-05-07 10:03:47 | 地獄の生活

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 治安判事は既に今朝の時点で、不幸というものが生来内気で誇り高いこの美しい娘マルグリット嬢を如何に鍛えてきたか、に気づいていた。その彼であっても、彼女の突然の憎悪の爆発には驚かざるを得なかった。それは確かに憎悪であった。アナイス・ド・ロシュコートという名前を口にするときの声の震え一つを取っても、彼女は一つの侮辱も忘れることの出来ぬ高慢な精神の持ち主であることを物語っていた。彼女は疲れ切っている筈だったが、その痕跡が今は消えていた。背筋をぴんと伸ばし、自分に浴びせかけられた憎むべき卑劣な中傷の記憶が彼女の頬を真っ赤に染め、大きな黒い目の奥に炎が燃え上がっていた。

 「この侮辱を受けたのは、一年ちょっと前のことです」と彼女は再び話し始めた。「後もう少しだけお話すれば終わりです。私が聖マルト女子修道院から追放されたことでド・シャルース伯爵は憤慨し、激怒しました。伯爵は私の知らなかったことを知っていました。それはあの非情で情け容赦のないド・ロッシュコート夫人がそのみだらな生活のため轟轟たる非難を受けている人であったとか……。伯爵が最初に思いついたのは彼女に復讐をすることでした。伯爵は見かけは氷のように冷静ですが、非常に気性の荒い人でしたから。当時まだ御存命のド・ロッシュコート将軍に喧嘩を吹っ掛けに行くのをやめさせるため、私はどれほど苦労をしたことか。それでも私の身の振り方を決めなければならない、と伯爵は思ったのです。伯爵は、また別の教育施設を探してあげようと私に提案しました。嘆かわしい経験をしたことに鑑み、私が安全でいられるよう十分な配慮をすると約束してくれました。でも私はその言葉を途中で遮り、またあのような目に遭うかもしれないなら、製本屋の仕事場に戻ると言いました。それは私の真実の気持ちだったのです。仮に、卑劣にも偽名を名乗ったとすれば、聖マルトで受けたような公然たる侮辱を受けずに済むかもしれません。でも私は嘘を吐き通すことが出来ないことは分かっています。疑いを掛けられれば私はすぐにすべてを告白してしまうでしょう。私の決意の固さがド・シャルース伯爵の決心を促すことになったのでしょう。彼は誓いの言葉を叫びました---伯爵はこんなことは滅多になさらない方です---私の言うことは正しい、恐れおののきながら身を隠すことに自分は疲れてしまった、これからは私を自分の傍に置いておくための方法を考えることにする、と。そして私を抱きしめながら決意を口にしました。『ついに賽は投げられた。かくなる上は、いかなる運命であれ、来るなら来い!』と。

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