XI
四時半の鐘が鳴った。そっと歩く足音が踊り場から聞こえ、ドアに沿って衣擦れの音がした。治安判事とマルグリット嬢が閉じこもっている部屋の外をド・シャルース邸の召使たちが歩き回っていたのである。二人がなかなか出てこないことを不審に思い、こんなに長時間何を話し合うことがあるのかと訝しく思っていたのだった。この間に書記の仕事は相当進捗している筈であった。
「目録作成がどこまで進んでいるか、見に行って来なくては」と老判事はマルグリット嬢に言った。「ちょっと失礼しますよ。すぐ戻ってきます」 そう言って彼は出て行った。
しかしこれは口実であった。実のところ、彼は自分の感情を隠したかったのだ。この不幸な娘の身の上話を聞いて彼は深く心を動かされたので、冷静になっていつもの慧眼を取り戻したいと思った。ド・シャルース伯爵の生活を毒していた見知らぬ遺産相続人たち、あるいは敵たちの話を聞けば事態は複雑な様相を帯びてきたので、実際判事には冷静になる時間が必要だった。遺産を奪い合うこれらの人々が、書き物机の中の何百万という金がどうなったのか知りたがるのは必定である。彼らは誰にその金を返せと求めるか?マルグリット嬢に、であることは間違いない。そうなればどのような悶着が起きることか……!
治安判事は書記の報告を聞きながら、そのことを考えていた。それだけではない。マルグリット嬢の信頼を得た今は、苦しい状況からいかに彼女を救い出すかの方策を考えねばならなかった。彼女に助言を与え、導くための方策を……。
再びド・シャルース伯爵の書斎に帰ってきたときの彼は元の無表情な男に戻っていた。そしてマルグリット嬢が少し平静を取り戻した様子なのを見て喜んだ。