◎ジェイド・タブレット-06-31
◎青春期の垂直の道-31
◎無用の用
4.無用の用
OSHOバグワンが無用の用を語る。
『卑小な精神だけが一貫性をもつ
マインドは狭ければ狭いほど、より一貫性をもってくる
マインドが広大であるときには
そこにはあらゆるものが巻きこまれて入っている
光があり、暗闇がある
神があり、また悪魔もある
すべてがその十全な栄光の内にある
もしあなたに
〈生〉のこの神秘的なプロセス、逆のものを通じて動く
この弁証法的なプロセスが理解できたら
逆のものどうしが助け合いバランスをもたらし
抑揚を生み背景を創り出すこのプロセスが理解できたら
そのときこそはじめてあなたは荘子を理解できる』
(虚空の船(下)/バグワン・シュリ・ラジニーシ/メルクマール社P49-50)から引用)
OSHOバグワンは、無用の用のことをここでは、『逆のものどうしが助け合いバランスをもたらし、抑揚を生み背景を創り出すプロセス』としている。
さて時間には瞬間と瞬間の間に隙間がある。その瞬間と瞬間の隙間についてOSHOバグワン(Yoga: The Alpha and the Omega, Vol 10から)は、『この隙間があるからこそ、現象全体、世界全体は一瞬して無に帰すことができるのだ』ととれるような怪しげな説明をしている。原子と原子の間に隙間があるようにこの隙間があるのだとして、その隙間により世界全体、現実全体は無となる、と。そう言えるのは、パタンジャリが、その無になるシーンを見たからこそだ、とも言う。
すべては無から出て無に消える。これは空のことであり、現実の色即是空、諸行無常に加え、アートマンがニルヴァーナたる道に晋(すす)むことをちらつかせている。
この現実、この世界全体が無から出て無に帰るのであれば、それは無用で無駄、非効率の極み、メリットなしである。すなわち、この現実、この世界全体が無用なのだが、それは見る者であるあなたが覚醒するためだけにおいて有用である。
5.社会的成功ほど失敗する
OSHOバグワンが荘子を語る。
『まわりを見まわしてごらん
成功した人々を見てみるがいい
政治家やら財産家、大実業家たちを
彼らにはどんなことが起こっているね?
彼らの所有している物を見るんじゃない
彼らそのものを直接見なさい
なぜなら物を見てしまったら欺かれる
物は胃カイヨウにならないし
車は心ぞう発作にもおそわれない
邸宅は入院することもない
だから物を見てはならない
見たらだまされる
人を見なさい
あらゆる所有物を取り除いたあとの
その人そのものを直接見るがいい
そうしたらあなたはそこに貧しさを感じるだろう
そうなったら乞食でさえ金持に見える
そうなったら、〈生〉に関するかぎり
貧乏人でさえずっと豊かであるかもしれない
成功は失敗する
成功ほど失敗するものはほかにない
なぜなら成功する人は〈生〉をつかまえそこなうからだ
あらゆるものをつかまえそこなうからだ
成功する人は実際安物買いをする
ニセ物のために本物を投げ捨て
浜辺にころがる色のついた小石のために
内なるダイヤモンドを捨ててしまう
小石を集めてダイヤモンドを失うのだ
金持とは失う人、成功者とは失敗者のことだ
だが、あなたがたは野心の眼で見るから
所有している物のほうを見る
政治家を見ないでその地位を見る
その大臣職を、その権力を見る
あなたはそこに坐っているまったく無力な
すべてを取り逃がしたその人をけっして見ない
歓びが一瞬とて垣間見ることすらないその人を・・・・
彼は権力を買った
が、その買物のなかで自分を失った
そしてそれはすべて安物買いなのだ』
(虚空の舟(下)/バグワン・シュリ・ラジニーシ/メルクマール社 P68-69から引用)
6.機心
生成AIもPC、スマホも人間の覚醒の邪魔である。生成AI、PC、スマホを使う心を機心と云う。
機心は、荘子外篇の天地第十二に出てくる。
機械を使うと必ず機械に頼る仕事が増える。そうすると機械の便利さに慣れ、人間は注意を常に外に向け、本質ではない利害得失、メリット・デメリットばかり追うようになる。これが機心。
こうしてエネルギーと時間は節約され、本来でいえば、冥想によりそれを人間の内側に向けるべきものだが、逆にもっとエネルギーと時間を使わずに努力をせずに効果を得ることばかり考えがちになるものである。