アヴァターラ・神のまにまに

精神世界の研究試論です。テーマは、瞑想、冥想、人間の進化、七つの身体。このブログは、いかなる団体とも関係ありません。

何秒間呼吸を意識し続けられるか

2025-01-04 20:40:01 | 現代冥想の到達点neo

◎ヴィパッサナー秘伝

(2019-12-16)

 

ヴィパッサナーは呼吸覚醒と言い、呼吸を意識し続ける冥想法。

これは、呼吸をしながら、呼吸を意識し続けるということで、窮極のながら冥想法。ながらを強いるのは珍しい。

OSHOバグワンは、相当に醒めている一般人であっても、6秒以上呼吸を意識し続けることはできないと言う。

 

OSHOバグワンによると、

息が入り、息が出ていく。そこには息のない隙間が2種ある。一番目の隙間は内側、二番目の隙間は外側。

 

息が入り息が出る。この間が一番目の隙間。

息が出て息が入る。この間が二番目の隙間。二番目の隙間を意識する方がより難しい。

 

OSHOバグワンは、

第一番目の隙間に自分の中心、宇宙の中心がある、これは人の内なる中心。

第二番目の隙間にも宇宙の中心がある。これは人の外側の中心。

最初に内なる中心に気づき、次に外なる中心に気づく。最後に二つの中心は同じであることに気づく。

(究極の錬金術2 /OSHO/市民出版社P83)

 

これは、ヴィパッサナーのネタバレ。

 

人は、肉体で空気を呼吸し、エーテル体で気を呼吸し、アストラル体で感情を呼吸し、メンタル体で想念を呼吸する。

 

釈迦は、ただ意識しながら呼吸せよと言ったという。最初は数秒しかできないが、練習すればするほど伸びていく。

 

だが、ある思いが起きたり、音がしたり、何かが起きるとその『意識』は中断しがちであって、意外に困難なものだという。

 

何しろヴィパッサナーは、これで釈迦が覚醒した行法なのだから。

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流浪者の故郷 STRANGER IN THE STRANGE LAND

2025-01-04 03:54:27 | 現代冥想の到達点neo

◎最高峰を表現する

(2016-03-18)

 

ダンテス・ダイジの未公刊詩集「老子狂言」から

『流浪者の故郷

 

STRANGER IN THE STRANGE LAND

我れこの異郷にありて見知らぬ旅人となり

恋がれる故郷を忘れつつある

 

神は神の意志自体で、私に現れ、

あるいは一つとなる!

 

私にはなすすべがない・・・

私があらゆることどもを可能にできたとしても・・・』

(老子狂言から引用)

 

故郷は個人であり、異郷は神である。神人合一にあって、そこは異郷と表現される。

ここでは得意の「未知」や「見知らぬ」という言葉は出てこないが、想像される景色は同じだ。

 

「神は神の意志自体で、私に現れ」とは、如来という語感そのものだ。

 

そして神にありては、「忘れつつある』。

 

本当に「今ここ」にあるということは、この絶対的な孤絶感、言葉にできない未知に満ち満ちていること、そして全能であるが無力の如くである、『感覚』があるのだろう。その『感覚』のない「今ここ」は、逆に疑わしいと思う。

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ミステリーかな純文学かなSFかな

2025-01-04 03:27:05 | ダンテス・ダイジの風光

◎闇の秘密の岩石よ

 

ダンテス・ダイジの未公刊詩集「老子狂言」から

『ミステリーかな純文学かなSFかな

 

七つのステップの欲望

七つのステップの欲望

七つのステップの欲望 吉凶禍福

 

ロック・アンド・ビート

欲望の消えるビート

意識のサエルビート

 

闇の秘密よロック

闇の秘密の岩石よ

岩石の生よ、岩石の死よ!』

(老子狂言から引用)

 

人間が宇宙全体となったり、人間が苦しんだり足掻いたり、あまりの歓喜に呆然となったり、何もかもないことに気づいたり等々いろいろあるが、そういう極大と極小、あるいは夢と現実、それも夢だったということが、上掲『ミステリーかな純文学かなSFかな』。

 

こうした悲喜こもごもの人間ドラマと宇宙ドラマは、七つのステップの欲望からすべて展開していくのであって、通俗的には吉凶禍福という見方もできる。

 

七つのステップの最初の方では、欲望を肥大化させつつ欲望の消えるビートが鳴り、

七つのステップの最後の方では、意識のサエルビートが必要となる。

 

闇の秘密とは、石ころの心から、慈悲・愛をはじめ、あらゆるものが展開することだろうか。

古事記の黄泉平坂の戦いでは、巨大な岩石が生と死を分ける場所として置かれた。

天照大御神が隠れた岩屋の扉は、光と闇を分ける岩石でできていた。

一般に岩石、石は真理のシンボル。賢者の石よ。闇の秘密よ。

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