◎弓矢で狙われた三平は胸を開いて受けようとした
ある日、猟師だった石鞏は、馬祖大師の庵の前を通りかかって馬祖に問うた。「旦那、わしの鹿の通るのをみただろう。」
馬祖「おぬしは何者だ。」
石鞏「わしは猟師だ。」
馬祖「おぬしは矢を射れるか?」
石鞏「射れるとも。」
馬祖「一矢でどれだけ射る?」
石鞏「一矢で一頭は仕留める。」
馬祖「おぬしはさっぱり射れないな。」
石鞏「旦那はまさか射れまい。」
馬祖「おれの方が射れる。」
石鞏「一矢でどれだけ射る?」
馬祖「一矢で一群は仕留める。」
石鞏「どいつもこいつも生きものなのに、どうして一群が射れるのだ。」
馬祖「おぬしは、そこまでわかっていて、どうして自分を仕留めないのだ。」
石鞏「私に自分を仕留めよと言われると、まったくお手上げです。」
馬祖「この男は、無明煩悩が一度に吹っ切れたわい。」
石鞏は、その場で弓矢をへし折り、刀で髪を切り、馬祖について出家した。
後に石鞏は、馬祖にその悟りを認められた。
ある日、見込みのありそうな三平義忠がやって来た時、石鞏は、弓に矢をつがえて叫んだ、「箭を見よ。」
三平は、がっと胸を押し開いて受けようとした。
石鞏、「三十年待ち受けて、今日は半箇の聖人を得た。」
三平は、悟って後、この時のことについて思い出して「あの時は、してやったりとばかり思ったが、今にして思えば、してやられていたのだな。」と。
三平は、いい線いっていたのだが、不徹底だったのだ。けれども、三十年間そういう人すらもなかなか見つかるものではない。