白紙の手紙 [宰相元載の権勢]
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元某は元載の家臣ではなく一族の端くれでした。
故郷の財産を売り払い京師の元載の屋敷に寄宿し、官吏に登用してもらおうと雑事を引き受けていたのである。
しかし十年以上もたったが登用はなく、持ってきた金も尽きようとしていていました。
某は載の子伯和に泣きつきました。
伯和は若い頃から知る某の窮状に同情し「某になにか官職を与えてやってはくれませんか」と父に働きかけました。
「あいつは余りに無能だからな、職につけてもやっていけないぞ」と載。
「もう私財も尽きて、故郷にも戻る金もないと嘆いています」と伯和。
「わかったなんとかしてやろう」と載。
数日後、載は某を呼び出し、親書を持たせて幽州節度使に使いを命じました。
「どのような御用事ですか」と某
「お前は知らなくて良い、密事じゃ」と載。
某ははるばる幽州に赴きました。
幽州に近づき宿に入ると、手紙の内容をなにも知らないのが気になってきました。
府吏に用件を聞かれたらなんと言えばいいのか。
そこで密かに親書を開けてみました。
おどいたことに親書の内容は、数枚の白紙と末尾の載の署名だけだったのです。
「こんなものを渡せばどうされるのだろう」某は呆然とし怖くなってきました。
しかし無能な某はなすすべもなく、とぼとぼと節度府へ赴き、吏に謁しました。
当然、宰相からの使者ですから丁重な待遇をうけ、宿も高級な所を提供されました。
吏はしきりに用件を探ろうとしますが、某は「全て親書に書いてある」としか答えられません。
そして節度使や行軍司馬などの幹部達が集まって親書を開きました。
「これはいったい、どういう意味だ」と
中味をみて全員が呆然としました。
使府には中央政府には知られたくないいろいろな秘事があります。
しかし白紙ではどの話しなのかわかりません。
やがて幹部達は「俺はなんでも知っているのだぞという脅しだ」という結論に達しました。
「贈賄するしかないなこれは、それで全てを忘れてもらうことにしょう」
数日後、某は元載宛の莫大な貢物を積んだ馬列とともに京師に戻っていきました。
当然某も「載様によしなに」と多くの贈り物をわたされました。
復命後、裕福になった某は郷里に戻っていったということです。
*******背景*******
元載は代宗皇帝の親任が厚く、もう独りの宰相王縉は文人で傀儡でしかないため独裁的な権限を握っていた。また載や家族は貪欲でしきりに藩鎭や地方官僚から収賄し、私財を築いていた。その誅殺後の私財は莫大なものであったとされている。