「乙女のゐる基地」
という映画について書いたことがあります。
この映画に出演した、と言って出撃していった二人の特攻隊員のことは、
知覧の特攻平和基地で購入した鳥浜トメさんの娘さんの手記で知りました。
さっそく映画を観たくなったのですが、この超マイナーな、しかも戦中の作品が借りられるわけもなく、
購入できるサイトを探しまくった挙句、見つかったのがなぜか台湾のDVD取扱店。
日本と台湾はリージョンコードも同じなので、日本映画ならどこの販売でもいいだろうと
購入したのですが、これが微妙に失敗でした。
このDVDは三本セットで売られており、「乙女のゐる基地」「ハワイ・マレー沖海戦」、そして、
今日お話しする「野戦軍楽隊」が入っていました。
いずれも戦中の作品なので、画質、音声共に最悪です。
おまけに台詞の言いまわしが甚だ理解しにくく、何を言っているのかわからない部分が多いのは
仕方がないこととしても、この台湾バージョン、DVD化にあたって中国語の字幕がつけられていて、
その間違いが気になってしまうのです。
例えば「乙女のゐる基地」で、主人公の婚約者の妹だか姉だかが、
「有閑婦人みたいに思われるでしょ」
みたいなことを言うのですが、この「有閑マダム」は当時の流行り言葉みたいなもので、
中国語の翻訳者がこれを知らず、「勇敢夫人」と字幕が出ていたのには笑ってしまいました。
勇敢では全く意味が通らないので、台湾の人々は皆「?」になったことでしょう。
この映画にも、当然ながらこのような字幕間違いが多々あります。
勿論わたしは中国語は少し勉強したことがあるくらいなのですが、そこは漢字ですから。
この映画の主人公、上原謙演じる菅上等兵は、「すが」と発音するのですが、タイトルロールに
「菅」と書いてあるにもかかわらず、字幕では「須磨」が最後まで連発されます。
細かいところは気づかないだけでもっといろいろあるのでしょうが、何と言っても映画の、
いちばん最初の字幕が、これ。
・・今、これを読んだ人たち全ての
「ちがうっ!」
という総突っ込みが聞えてきました。
いきなりやめてどうする。射撃を。
でも、いちいちこういうことに拘わっていたらきりがないので話を先に進めます。
映画は、軍楽士官である園田少尉が、(絵では中尉になっていますが、これは中国語字幕に
そう書いてあったための間違い)中国にある部隊に隊長として赴任してくるところから始まります。
戦争映画によくあるパターンで「Go For Broke!」(日系部隊)や、零戦黒雲一家、
最近のものではイラク戦争の爆破処理を描いた「ハート・ロッカー」もそのパターンですね。
ここで結成された21名の軍楽隊を一人前にするためです。
この21名が、どういう経緯で軍楽隊員になったのかは語られないのですが、
何しろ驚いたことに21名中12名が楽器の経験が全く無い素人です。
残りの11名にしたところで、ちゃんと音大をでた菅上等兵以外は、
三味線弾きだったり、趣味でハーモニカを吹いていただけだったり。
「経験がある」というのは「会社のブラスバンドに入っていた」という程度だったりします。
こんな素人集団に、三か月後に演奏会をさせろ、と大佐は無茶を言います。
笑ってしまったのが
「三ヶ月は無理か」
「はあ」
「でも、大丈夫だ」
って、何を根拠にこれが大丈夫なことになってしまうのか、全くわからんのですが、とにかく、
無茶を可能にするのが軍楽隊であるということだと理解しました。
何しろ半数が素人なのですから、園田少尉は「対番制度」でマンツーマン練習を採用。
経験者と未経験者を「夫婦」としてペアを組ませ、
「貴様らは夫婦だ。音楽は貴様らの子供だと思え」
と怪しげなハッパをかけます。
夫婦にされてしまったカップルは早速猛練習に励みます。
トランペット。
三味線の師匠であった眼鏡の新井上等兵。大阪弁でいい味出してます。
トロンボーン。
音どころか、持ち方からやっているんですが・・・。
この「試看看」は、「ちょっと試してみろ」ですかね。
ハーモニカ。
ハーモニカすら吹けない者が軍楽隊で管楽器を吹けるのか?
ヘアカットしながら歌唱指導。
三味線のチントンシャンを、ドレミになおして歌うテスト。
楽典の指導も行われます。
知っている歌(雪の進軍)を音階で歌う練習をしている・・・・のはいいのですが、
この指導、教える方もかなり怪しくて、明らかに二か所音名を間違っております。
映画スタッフも誰ひとり気づかなかったようです。
それにしても、こんなレベルで人前で演奏になるのか?
人ごとながら心配になってきたぞ。
そしてこの二人です。
右、菅上等兵(上原謙)。音大卒。左、佐久間上等兵(佐野周二)、経験無し。
二人はクラリネットを割り当てられます。
しかしながら、佐久間はなぜか菅を毛嫌いし、まともに教わろうとしません。
この「音だし練習」のときも、園田隊長が見周りに来て、「ちゃんと聴け」と言われると
菅の吹くのを聴くふりをしますが、行ってしまうとすぐさま、またそっぽを向く。
字幕は「おれによくよく教えさせろ」みたいな感じですかね。
普通の人間ならとっくにキレて園田隊長に言いつけたりするのでしょうが、菅は根気よく
佐久間を説得します。
っていうか、この映画、どうして佐久間が菅を嫌うのか、全く説明がありません。
「虫が好かない」
程度で、ここまで反発するという意味がわからないまま、映画はどんどん進行します(笑)
しかもその反抗というのが
「なあ、やろうよ」
「やだ!やだやだやだやだ!」
・・・・・子供かあんたらは。
二人の確執は続き、ついにある日、佐久間が手に持った楽器を
菅に思わず振りおろそうとするに至ります。
菅は思わずその手を押さえつけ、異常接近する二人。
「楽器は・・・・兵器なんだぞ!」
見つめ合う二人。
二人の間に何かが生まれた一瞬でした。(本当か?)
菅上等兵、さすがです。
しかし、いくら音大を出ていても、専攻が声楽の菅上等兵にはクラリネットは吹けないのでは?
と根本的なところで突っ込んでしまうわけですが・・・。
そんなある日、大阪弁の新井上等兵が中国人のお手伝いのあかちゃんを抱いてあやしていると、
(軍のそこここになぜか中国人従業員多数。日本軍に虐殺されずにすんだんですねー(棒))
そこにいきなり園田隊長登場。
やっとやる気を出して練習を始めた佐久間のクラリネットを取り上げ、子守唄の一節を奏でると、
あら不思議、今まで泣きやまなかった赤ちゃんが、ぴたりと静かになるではありませんか。
「どうだ、佐久間。泣きやんだな。
いいもんだろ?
これだよ。
強いばかりが日本軍人じゃないぞ。
これだよ。
これが、音楽の力だ」
と決め台詞の園田少尉。
・・・ええまあ、ごもっともですが、赤ちゃんが泣きやんだくらいでこんなに得意になられても。
このストーリーは、一般公募された「入選作品」なのだそうですが、この程度なら、
小学校2年のとき、クリスマス会の出し物のためにエリス中尉が書いた人形劇、
「森のなかまのクリスマス」(担任が絶賛して母親に報告)や、
エリス中尉の息子が10歳のときに書いたハードボイルド小説、
「20年前の犯罪」(担任が絶賛して母親に報告)の方が、
まだひねりが効いているのではないか、という気がしました。
(感想は個人差があります)
それはともかく、園田少尉のパフォーマンス効果はてきめん。
すっかりやる気になった佐久間、こんどはいきなり菅に「教えてくれよ!」と激しくアプローチ。
「今までのこと、怒ってるのか?なんなら殴れ!」
「よし!」
言うが早いか、佐久間を柔道で投げ飛ばす菅。
やっぱり怒ってたのか・・・。
「本当にやるんだな?」「ああ、やる!」
見つめ合う二人の心に、アツい何かが生まれた瞬間でした。(もうええって)
そして、いよいよというか、いきなり練習の成果を発揮する演奏会の日がやってきました。
曲目はご存じ「愛国行進曲」。
見よ東海の空開けて~♪
音大声楽科卒の菅上等兵、女性歌手と共にこの曲を独唱しています。
この人、こうして離れてみたときには確かに世紀の美男という貫録ですね。
美男と言えば、この映画の主人公三人、当時人気のいわゆる美男俳優で固めているのですが、
不思議なことにスクリーンの上ではあまりそれが実感されません。
映像技術や照明が悪く、それがために皆映りがかなり悪いせいだと思います。
佐野周二などは、やたらごつごつした輪郭だけが強調されて、まるでジャガイモのようですし、
上原謙もあの独特の鼻が目をひき、老けて見えます。
三人の中で、佐分利信だけは、それらしく映っています。
佐分利信、貫録のあるボスみたいな役でしか知らなかったのですが、二枚目役だったんですね。
進軍中に出会った、川に橋を架ける設営隊は、元大工だった佐久間の原隊です。
偶然この部隊のために演奏することになった軍楽隊。
園田隊長は、佐久間に花をもたせるために特にソロ演奏を命じます。
誇らしさに顔を輝かせ、クラリネットを見事に演奏する佐久間。
頑張っていれば報われる。そうだよね!
しかし、進軍する彼らは次第に激戦に巻き込まれます。
全身に偽装の葉っぱを付け、みの虫のようになって演奏する軍楽隊。
弾丸雨飛もものともせず演奏を続け、最後の一音が終わるなり隊長は
「伏せ―っ!」
軍楽隊は武器を持ちませんから、彼らはただただ身を伏せて攻撃をやり過ごすのみ。
ここで実に不思議な演出があります。
偽装の葉っぱを付け、やはり伏せたままの中国人歌手(槇芙佐子。美人)
がなぜか軍楽隊と一緒にいて、砲弾が降り注ぐ中、中国語で滔々と
「日本と中国がどうしたこうした」みたいなことを演説しだすのです。
ところが、ここに付けられている日本語字幕がかすれていて全く解読不可能。
どうやら日本軍は中国人を敵にしたくてここにいるのではなく、
我々の共通の敵は、大東亜を侵略しようとする大国である、と言っているのではないかと、
中国語字幕から解釈してみました。
この戦闘後、軍楽隊のメンバーの誰が死んだとか傷ついたとかのストーリーは全く語られぬまま、
菅上等兵が中国人の子供に歌を教えている最初のシーンをリフレインし、映画は終了。
最後は「陸軍分裂行進曲」風のテーマが流れます。
ところで、軍楽隊が演奏する「愛国行進曲」。
この歌詞に付けられた翻訳がいちいち突っ込見どころ満載なので、一行ずつ並べてみました。
見よ東海の空明けて (不管風雨有多大)
旭日(きょくじつ)高く輝けば (只要雨過天晴的話)
天地の正気潑溂(せいきはつらつ)と (戦争的男児最英勇)
希望は踊る大八洲(おおやしま) (勇敢殺敵当先鋒)
おお晴朗の朝雲に (為了偉大的大日本帝国)
聳(そび)ゆる富士の姿こそ (団結一致 不畏艱難)
金甌(きんおう)無欠揺るぎなき (敬愛的天皇)
わが日本の誇りなれ (我メン赦忠ニン)
最後のメンは我々、という意味のにんべんに門、ニンは敬称のあなた、という意味です。
というか、日本語の内容と中国語って、全く別のものじゃないですか?
もしかしたらこれは当時日本でもあった台湾でのみ歌われていた「愛国行進曲」の歌詞?
と思って、うろ覚えの発音で歌ってみたら、ぴったりと歌えてしまった・・・・・・。
「♪ぷーくぁんふぉんゆーよーたーたー♪ちーやおゆーかーてんちんだほわ~」(←いいかげん)
実のところそうなのか、いい加減な翻訳なのかはわかりませんが、
こうして見ると、日本の軍歌が自然賛美の中に精神性を求めている美しい詩であるのに対し、
中国語のそれはまるで共産党賛歌や北の将軍様を讃える歌みたいで、センスありませんね。
ヘンなところで実感してしまったのだけど、やっぱりこういうところに現れる日本人の精神性って、
世界に誇っても良い洗練されたものと言えませんでしょうか。
そうそう、全く忘れていましたが、この映画、李香蘭こと山口淑子が、
これを最後に李香蘭をやめて日本に帰った、というものだそうです。
しかしその割には、ちょいと出てきて顔を隠しながら一曲歌って走って逃げて終わり。
あまりにブリっこしているので、てっきりデビュー作かと思ってしまいました。(笑)