
《爺ちゃんがお友達の庭からもいでもらったザボン(ぼんたん)と
皮をむいたおミカン♪とても美味しいおミカンです♪》
今日はみんな(カンナちゃんはアルバイト~♪)がお休みで
それぞれが宿題したり、パソコンやったりしておりまして
なんだかゆったりモードの一日だったので
私もなにかやりたくなり、ミカンの皮むきをしました。
実に1年半ぶりです。
現在、天国にお住いの相方さんは生前はフルーツがとっても好きで
フルーツと生野菜とジャンクなスナック菓子(^_^;)が欠かせない人でした。
おリンゴでもおミカンでも皮をむいてあげないと食べない人だったので
毎日、何かしらのフルーツの皮をむくのが日課でした。
私はこういう皮むきとかお豆の筋取りとか、
細々とした、黙々とやる作業が大好きなこともあるし、
むいたら美味しそうに食べてくれる人がいたもんですから
結構楽しんで皮むきをしてました。
特にミカンの皮は油汚れやレンジを掃除したり、
ピール(皮の砂糖漬け)にしたり、ママレードにしたり
乾かして芳香剤を作ったりとか使い道が多いし。
何よりかんきつ類を相方さんが好んだのでよくむいてました。
とはいえ、もともと私は自分の事には基本無頓着で
自分の為に何かをしても嬉しくない、ってタイプなんです。
やっぱり食べてくれる人がいるからフルーツの皮もむくわけで
相方さんが天に引っ越してからは、すっかりそんなこともしなくなりました。
と言うか、いろいろ思い出すから、あえて出来なかったんです。
そしたら、おととい、爺ちゃんがお友達の家の庭に実った
ザボン(文旦とかぼんたんとも言います)という
メロンくらいの大きさのおミカンをたくさんもらってきたのです。
このおミカン、美味しいのですが、皮が一センチ以上の厚さがあって
むくのに力も時間もいるので、食べるまでに一苦労なんですよ。
ましてや忙しい人や子どもや老人には時間と労力のいる食べ物なんですね。
それでね、むいておこうかなぁ、ってね。自然にそう思ったんです。
周りにいる人の存在っていうのはすごいものですね。
出来ることを簡単にできなくもすれば、
出来なくなったことを動かしてもくれる。
たぶん、皮むきを必要とする家族が居なかったら
私は皮むきなんて、もう一生しなかっただろうからなぁ。
そう考えると感慨深いものです。
たかが「ミカンの皮むき」って思います?
でも、一生の出来事です。
「たかが~」であれ、一生に関わってくることなんです。
私には大きなことだなーって思えます。

《このこたちも小さいけれど大きな存在です》
人であれ、動物であれ、なんであれ、
心を動かす「存在」ってものは大きいですね。
日々、実感です。