4月4日(土)
![](https://pub.ne.jp/R1150RS/image/user/1238239584.jpg)
曇り空で見栄えがしませんでしたが、桜の開花はやっと
満開に近い状態になりました。
ハイランドの桜並木 → 長勝寺 → 妙本寺 → 段葛 → 覚園寺
こんなルートで花見のハシゴをしてきました。
【ハイランドの桜並木】
天気がよくないので見栄えがしません。
対向のバイクも写真撮ってます。
【長勝寺】
【妙本寺】
満開の桜に包まれた日蓮上人の像
妙本寺では薄日がさしていました。
妙本寺の海棠(かいどう)
【若宮大路 段葛(だんかずら)】
二の鳥居前
段葛の桜並木を大勢の観光客が歩いています。この段葛道幅が徐々に
狭くなって行きます。八幡宮前では最も狭くなりますので信号待ちで人が
あふれます。
人力車も今日は大忙し(客待ちの人力車はありませんでした)
鶴ヶ丘八幡宮前
【覚園寺(かくおんじ)】
岐れ路(わかれみち)から鎌倉宮前を左折して細い路地を抜けると
覚園寺です。この路の途中には、紅白の花が咲き乱れた枝垂れの
源平桃が目を楽しませてくれます(民家の庭木です)。
入口正面のお堂前の小さな庭に咲いた 二輪草
覚園寺の庭(境内)は、このお堂の奥に広がっています。開放(案内)
時間が決まっていてお坊さんやボランティアの人の詳しい説明を聞き
ながら見学できます。(ここから先は写真撮影は禁止となっています)
奥の本堂には国指定重要文化財の薬師三尊像がまつれらています。
そしてこの本堂の天井の梁には『 征夷大将軍 足利尊氏 』と書かれて
います。説明によると直筆だそうです。
(今日は、奥の境内に入らずここで引き上げました)
足利尊氏は征夷大将軍となて幕府を開きました。その政治の中心は
京の室町に移り、後世室町幕府と言われるようになったのです。ではなぜ
その尊氏の足跡が鎌倉にあるか? そもそも足利家は鎌倉幕府の要職を
になう有力な御家人で、この鎌倉に住んでいたのです。竹林の寺で知られる
報国寺は足利家の菩提寺です。尊氏によって鎌倉幕府は滅ぶのですが
その影には多くの民、武士そして武家の家族が悲惨な最期を遂げたといわ
れています。その犠牲者を弔う為に尊氏が建立した寺もあります。この覚園寺
は尊氏がどのように係ったのかは、残念ながら忘れてしまいましたが・・・・