アントーニオ・スクラーティ『私たちの生涯の最良の時』
表紙には、石壁の写真がモノクロで全面に入っている。そのほぼ中央を左右に横切る白い線。塗り立てのペンキのように、古いものが新しくなっていく過程を想起させる。
帯の文言で戦争時の話だとわかると、忌まわしい記憶を封じ込める塗料のようにも感じてしまう。
白い線には著者名と翻訳者名だけが左下に小さく入っていて、何かが足りない居心地の悪さを感じる。
タイトルは右上、石壁の上に細い明朝で並べてあり、表紙の中では目立たず、ここは本来の居場所ではなく、仮に置いているような不安定さが滲み出ている。
物語は史実に忠実に、ノンフィクションのような感情を排した文章で進む。
レオーネ・ギンツブルグは1934年、イタリアで施行されたファシズムへの宣誓義務に従わず、苦しい人生を歩むことになる。
彼の半生と同時進行で語られるのは、おそらく著者の一族と、もう一つ別の一族の話。
ファシズムが強まり戦争に突入し、敗戦を迎える中、市井の人々がどう生きたのか。そして著者とレオーネとの結びつきは何なのか。
戦争の進行と、レオーネが僻地へ追いやられても仕事を続ける姿の対比には、緊迫感がある。
これは小説のはずだ。
だから、一番最後に著者自身の解説が入って完結するのは違和感を覚える。
しかしこの部分を読まないと、何かが足りない居心地の悪さが残る。
舞台裏を知らずとも、十分堪能できる物語になっただろうに。
装丁は今垣知沙子氏。(2020)