アンナ・バーンズ『ミルクマン』
表紙のモヤモヤした模様を眺めていると、だんだん人の顔に見えてくる。
顔の真ん中に「ミルクマン」のタイトル。
これがミルクマンなのか?
ミルクマンとは誰なのか?
ある日、18歳の女の子が道を歩いていると、突然隣に車を接近させ家まで送ると申し出た男。
彼女は丁重に断ったが、ミルクマンと付き合っているという噂が流れてしまう。
その後もミルクマンは神出鬼没、彼女の行く先々に現れ、車に乗るよう声をかけ、断られるとすっと消える。
舞台は明確にされていないが、アイルランドがモデルになっているようだ。
イギリスとの紛争真っ只中の70年代。
少女の住む地域は、反体制派の武装組織が仕切っている。
普通の人々が暮らしているが、この地区では、忠誠を示すお茶とそうでないお茶があり、通っている場所、Hの発音、あらゆるものが政治的な意見を表すことになってしまう。
裏切り者と見られないかと、近所の人との会話にさえ気を使う。
政治がらみの殺人、テロは日常茶飯事。
本を読みながら道を歩く少女は、周りからは変人と見られているが、こんな閉塞感に満ちた日常では、本の世界に逃げ込まないと精神の安定を得られないのだろう。
19世紀の古い小説しか読まないのも納得できる。
少女につきまとうミルクマンは武装組織の中心メンバーで、付き合っていると思われている少女は、周囲から一目置かれつつも反感を買ってしまう。
少女は周囲の圧力に屈せず、弁解を試み続けるのだが。
表紙のモヤモヤ感がずっと拭えない。
正体がはっきりしないものに感じる怖さ、もどかしさ。これは彼女の周りだけのものではない。
装画は椛田ちひろ氏、装丁は山田英春氏。(2022)