つばた徒然@つれづれ津幡

いつか、失われた風景の標となれば本望。
私的津幡町見聞録と旅の記録。
時々イラスト、度々ボート。

19世紀のファム・ファタール(Femme Fatale)。~ ナナ。

2020年02月03日 08時23分07秒 | 手すさびにて候。

ほんの手すさび手慰み。
不定期イラスト連載、第百二十九弾は、
「エミール・ゾラ」が著した小説の主人公、「ナナ」。

舞台は、「ボナパルト」の甥っ子が治める「フランス第二帝政期」。
パリが“中世”から“近代”へ。
ゴミや汚水によって悪臭が漂う都市から、
“花の都”へと生まれ変わったばかりの19世紀半ばの或る夜。
パリ中心部2区の劇場「ヴァリエテ座」は、異様な興奮に満ちていた。

観客の視線は、スポットライトの下に立つ18歳の新人女優に釘付け。
身体を覆うのは薄衣一つの裸同然。
均整の取れたプロポーションでも、可憐でも華奢でもない。
歌は調子はずれ、演技もシロウト丸出し。
しかし、それらを覆す存在感があった。
美しい金髪と、ハッキリした目鼻立ち。
大柄で豊満な肉体が満場の喝采を浴びた。

女の持つ一種全能の力とでもいうべき、
生命の匂いをあたりに発散させ、それにお客は酔っていた。
ナナがちょっとお客の方を向いて笑いさえすれば、
もう喝采が起るのだった。


交尾期の動物からのように彼女から立ち上る春情は、
刻一刻と広がって、場内一杯に立ち込めていた。
今ではもうナナの一挙手一投足が人々の情欲をそそり、
小指一本の動きさえ肉情を搔き立てていた。  


まるで、アリーナの一人一人を隈なく魅了するロックスターのように。
ボールを持った途端に熱狂を巻き起こすスーパープレイヤーのように。
限られた者が有する「神通力」にも似た、
理屈を凌駕する「圧倒的な肉体」の持ち主。
それが「ナナ」だった。

そして、その稀有な魔力は「犠牲者」を生む。

ナナを今晩、ただの一時でもわがものとするためなら、
一切を棄て、一切を売り飛ばしても悔いなかったろう。
彼の冷たいカトリック信者、鹿爪らしい五十男の中に、遂に青春が目覚め、
青年の貪婪な慾情が突如として燃え上がったのだ。


物語の途中、彼女は地に堕ちる。
恋した男(喜劇役者)のDVの餌食となり、追い詰められ、
街娼となってパリの闇を彷徨う。
しかし、どんなに泥に塗れても輝きが擦り切れる事はなかった。
再びステージに立ち、女優 兼 高級娼婦として、
パリ花柳界に君臨する。

その甘露を求め、蟻のように群がる男たち。
一度味わってしまったら、もう逃れられない。
貴族、軍人、銀行家らが、女の凄まじいまでの浪費・放蕩に財産を投げ出し、
欲望に突き動かされるまま、破滅への道を辿っていった。

ナナは数カ月のあいだ次々に彼らを貪り食った。
奢侈な生活のますます増大する需要のために、
彼女の欲望は熾烈となり、彼女は一口で男を丸裸にした。


「ベルリンへ!」「ベルリンへ!」「ベルリンへ!」
パリ市中に群衆の声が木霊する1870年。
フランスがプロイセンに宣戦を布告した日、
天然痘に侵された「ナナ」は、見るも無残な姿となり、
人生の幕を下ろす。

フランス第二帝政期は、パリが世界の文化の中心の1つになり、
爛熟した消費文化が花開いて、貧富の差が拡大した。
また、対外戦争を盛んに行った頃でもある。
「ナナ」は、内外共に大きく揺れ動く時代を象徴するキャラクターだ。

ちなみに「ナナ」は、19世紀後半の娼婦たちに人気の源氏名。
今も、フランス語では「軽薄な女性」を表す言葉になっている。

(※赤文字原典より抜粋、原文ママ)
コメント (2)
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