今では寿司と言えば、握り寿司、散らし寿司、押し寿司、巻き寿司などを思い浮かべるが、もともとは熟鮓を意味していた。魚と飯とを交互に重ねて重石で圧したり、塩漬けにした魚の腹に飯を詰めたりして発酵させたものだ。
熟鮓は日本各地にあり、滋賀県の郷土食である鮒鮓は有名だが、強い発酵臭と味を敬遠する向きもある。贈られた人が「腐っている」と捨てたという話もあり、「猫跨ぎ」のような扱いをすることもあったようだ。私は戦後に滋賀県に住んだこともあってこれが大好きだ。昔は湖畔の家々ではそれぞれ自家製の鮒鮓を漬けていたそうだが、今ではほとんどないだろう。専門の業者がつくっていて、今はとても高価なものになってしまっている。本来は琵琶湖の固有種であるニゴロブナを使うが、産卵場所の減少や、ブラックバスなど外来魚の捕食により数を減らしているので、マブナが用いられていることが多いようだ。
ニゴロブナ(Wikipediaより)
マブナ(インタネット「マブナの画像」より)
鮒鮓の強い発酵臭は食欲をそそられ、口に入れるとその酸味でなお食欲が増す。噛むと堪らないほど美味い。子持ちの鮒を使っているから、その卵の鮮やかな紅色がまたいい。飯に3、4切れのせ、熱い茶を注いで茶漬けにすると文句なしに美味い。と言ってもこれは私が鮒鮓好きだからで、あの臭いと味はどうにも受け付けないと言う人も少なくないだろう。私自身、どうしてこのように好きになったのか分からない。最初は嫌いだったが知らないうちに好きになったということでもなかったように思う
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同じ近畿の和歌山の南紀名物に秋刀魚の熟鮓がある。
「背開きにしたサンマを多めの塩で締め水分を抜き 堅めの白粥位に炊いた飯の上にサンマをのせ 木樽の中に何層も重ねて積み上げ 石の重しをし 最後に薄い塩水を流し込む。寒いところに置いて1ヶ月以上熟成させて出来上がり」とある。やはり忌避したくなる人もいるだろうと思う発酵臭があるが、鮒鮓ほどきつくはない。押し寿司のように、飯の上に秋刀魚がのせてある。味も鮒鮓よりもまろやかで,一味唐辛子を振った醤油で食べるとあるが、私の好みとしては鮒鮓の方がいいと思う。