この事故で呆れたことがいくつかある。もっとも呆れたのは追突した列車の先頭車両を埋めてしまったことだ。事故の翌朝、事故車両の運転席は重機で細かく粉砕されて、穴を掘って埋められた。それについて中国鉄道省の報道官は「鉄道省が決めたことではない。私も現地で知った」と言い、「地面が泥沼だったので、作業をやりやすくするための応急措置だった、と聞いている」と釈明したそうだが、事故現場の下は畑地で、泥沼ではなかったはずで、ばかばかしい噴飯ものの弁解だ。鉄道省たるものが、現場をコントロールできずに放任しているのか。証拠を隠滅しているのではないかという批判がネットで噴出したそうだが、当然だろう。このような批判を無視できなくなったのか、中国政府の事故調査チームは事故車両を調べるために掘り出したようだ。当局が方針を転換した可能性があるとも推測されているが、おそらく、証拠の車両を埋めたのは当局の指示だったのだろう。
事故発生後僅か1日半で、事故の発生した路線の運行を再開したのにも呆れた。2005年に発生したJR西日本の福知山線で107名が死亡した脱線事故では、再開までに事故究明と復旧までに55日間を要し、その間、私が住む宝塚と事故現場の尼崎の間は閉鎖された。再開後も事故原因の究明が続けられた。それに比べてあれほどの大事故を起こしながらわずか1日半で通常ダイヤで運行を再開するとは、これも事故の影響を最低限に抑えようとする意図があるのだろう・・・と勘ぐられても仕方がない。
また、事故犠牲者の遺族に対する扱いも理解できないことだ。中国政府は、けがをした乗客への支援を発表したりして万全の対応を強調しているようだが、犠牲者の遺族からは、政府から今後の対応や事故の原因などについて一切説明がないという不満の声が出ていると言うことだ。遺族らは、家族ごとに別々のホテルに分けられて滞在させられており、遺族が集まるため、連絡を取りあって外出しようとすると、警察関係者とみられる人物に尾行されるということだ。こうした動きについて、遺族らは、政府が行動を監視して集団で批判することを妨げようとしていると感じていると言う。遺族達は福州市政府庁舎前に出座り込みをするなどの抗議行動を始めたようだが、特殊警察も出動したと言う。特殊警察とは軍事力を持つ警察らしい。こういうことはあの四川省の大地震の後で犠牲になった多数の児童生徒の親の動きを抑えつけようとした当局の動きと類似のものだ。あの時も業者から政府の役人に対する賄賂と校舎の手抜き工事(オカラ工事と言われる)が問題になって親達の怒りを掻き立てた。このような遺族の悲しみや怒りを顧慮せず、むしろ抑えつけようとする国家とはいったい何なのかと思う。
中国共産党中央宣伝部が、事故についての独自報道を控えるように国内メディアに通知したと言う。通知では、国営新華社通信の記事を使うよう求めている。高速鉄道について「安全対策は万全」と宣伝してきた当局の責任を問う声を封じ込めようとする狙いがあると見られているようだ。中国の各メディアがその通知に従うかどうかは不明だが、やはり一党支配の体制というものは、我々のような国にいる者にとっては、理解を超えるものがある。