落合順平 作品集

現代小説の部屋。

「レイコの青春」(3) 「なでしこ」の誕生(3)乳幼児とゼロ歳児の保育

2012-07-08 04:42:55 | 現代小説
(続)アイラブ桐生・「レイコの青春」(3)
「なでしこ」の誕生(3)乳幼児とゼロ歳児の保育



(桐生天満宮の、境内)



 芸妓の姿が消えた歓楽街「仲町通り」には、 その後「まかないさん」や
「酌婦さん」と呼ばれる着物姿の女性たちが登場をします。 
「まかないさん」や「酌婦さん」たちに、長年磨きこまれた芸事の披露はありません。
昔から続く料亭のお座敷や小料理屋さんの2階の宴席へ、着もの姿で現れて
華を添えてお酒のお酌をするのが仕事です。



 表通りに面したお店では、華麗なワンピースや胸が大きくあいたドレス姿の
ホステスさんたちが、通りかかる人たちに、甘い声で愛嬌などををふりまいています。
路上での客引きや勧誘が禁止となるはるか以前のことで、こうした光景は、
夜の繁華街ではごく当り前の行為でした。



 芸事が消えた仲町通りでは、その景観さえも様変わりをはじめました。
表通りには、原色のネオンばかりが林立を目立ち始めます。
たっぷりとお化粧を施して惜しげもなく肢体をさらす、若い女性たちの姿も
通りの界隈で目立つようになりました。




 古い歴史を持った「旦那衆の夜遊びの町」が、芸事をたしなんだ花街から
女の「お色気」と「きわどいサービス」だけを中心に提供をするという、
どこにでもあるただの盛り場へと、急激な変貌を遂げ始めました。
下駄と和服が表通りから駆逐をされて、それとじゃ入れ替わりに洋服をきらびやかに
着飾りかかとの高いハイヒールを履いた女性たちが、その主役に躍り出てきました。
こうして古い歴史が消滅をした『仲町通り』では、男たちへ営業的な「媚びを売る」という、
「芸抜き」のあたらしい風潮の蔓延がはじまりました。



 「なでしこ保育園」と書かれた表札をしっかりと確認をしてから、
軽くノックして、その返事も待たず、レイコがドアを半分ほど開けました。
10畳ほどと思える洋室には、低い仕切りがいくつも置かれています。
隙間からは、乳幼児用らしい小さな布団が、いくつも見えました。
片目をつぶり唇へ人さし指を立てた幸子が、笑顔でレイコを迎えてくれました。



 「おどろいたでしょう・・・
 ここは、乳幼児たちのための保育園なのよ。」



 「それにしたって、もう夜の8時を過ぎているじゃないの。
 まだ園児たちが残っているのは、どういうこと?
 遅いのねぇ、お迎えのお母さんたち。」


 「何言ってんのさ、レイコ。
 お母さんたちはたった今、お仕事に行ったばかりです。
 ここにいるのはホステスさんや、酌婦さんの、お子さんたちばかりなのよ。」



 「え? 
 ホステスさんや酌婦さんて、みんな、子持ちなの。」


 「まさかぁ・・・
 独身者も多いけど、子持ちで働いている人たちも沢山います。
 色々あるのよ食べていくためには、みんな。
 さぁ、あがって、あがって。せっかく来てくれたんだもの。」



 
 招き入れられた部屋は、二間の続きになっています。
奥のほうの洋間にも、二段ベッドが二列になって置かれて居るのが見えました。
そこにも幼児たちが寝ている雰囲気が漂っています。
窓際に置かれたソファーへ座り、レイコが窓を覗くと見下ろした先には
無数のネオンがきらめいているのが見えました。
ビルの隙間や屋根越しから見える、原色のネオンの海の様子に
ここが歓楽街のど真ん中であることを、あらためて再認識しているレイコです。



 コーヒーを運んできた幸子が、
レイコの真向かいに腰をおろしました。


 「さぁて、
 来てくれて本当にありがとう。
 話したいことは、いっぱいあるんだけど・・・
 まずは、なにから話そうか。」


 そう幸子が言いかけた矢先に、
一人の女の子が、布団から立ちあがりました。
ぼんやりとした眼差しのまま、誰かを探すそぶりをしきりに見せています。



 「あら、チイちゃんの、オシッコの時間だ。
 ごめんね、少し待っててねレイコ。
 この子、決まった時間にしっかりと起きる子なの。
 偉いねぁ、チイちゃん、
 さァ、お姉さんと行こうね。」



 幸子に抱っこをされた、チイちゃんが、
眠そうな目をしたままに、ぼんやりとレイコの方を見つめています。
(誰ぇいったい見なれない、この人は・・・)その目がそんな風にささやいています・・・・



 (何さ、この子は失礼な。バイ菌でも見るような目をしているわねぇ。
 それにしてもいったいなんなのさ、此処は。
 聞いたことが無いわよ。3歳未満みたいな子供たちがたくさんいて、
 しかも、夕方から子供たちを預かるなんて、ありえない保育園そのものだわ。
 いったい何がどうなっているんだろう・・・・
 乳幼児を預かる保育なんて、大都会だけの話かとおもっていたのに、
 こんな片田舎にも、実際に実在するんだ、へぇ~初めて知った。
 ところでなんの用件だっけ、私が突然ここへ来たわけは。
 私が今、此処に座っている、その訳は・・・)



 ぽつりと呟きながら、幸子とチイちゃんの背中姿を、
ただただ、ぼんやりと見送っている思案顔のレイコでした。


(同じく、本殿)
 

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