落合順平 作品集

現代小説の部屋。

「レイコの青春」(4) 「なでしこ」の誕生(4)

2012-07-09 04:41:55 | 現代小説
(続)アイラブ桐生・「レイコの青春」(4)
「なでしこ」の誕生(4)



 
 
「びっくりしたでしょう。
 母が、キャバレーのオ―ナ―に頼まれて始めたのが、
 此処の共同保育園・「なでしこ」なの。
 このあたりには水商売の小さなお店が多いから、
 どこも託児所までのスペースは取れないのよ。
 今いるだけでも10人。それだけでも手いっぱいだというのに
 無理がたたって、過労でついに母がダウンしちゃった。」



 「子供は好きだわよ、私だって・・・
 高校の時の第一志望は、保母さんだったもの。
 でもそれだけで、あたしはまったくの無資格です。」



 「小さい頃から、あれほど保母さんになると言いきって、
 美千子と二人で、ずいぶんと張り切っていたのにねぇ・・・・
 懐かしいわよねぇ、あの頃が。
 手伝ってもらえると助かるんだなぁ。
 此処はまだ無認可だから、無資格の保育ママでも通用するの。
 今お願いできるとしたら、レイコしかいないんだもの。」



 「無認可なんだ、ここは。
 大丈夫なの、それで。
 公立でも運営は、どこでも財政難で大変だというのに。」



 「深夜まで預かる保育所なんて、聞いたことがないでしょ。
 それでもね、夜間にどうしても働く必要のあるお母さんたちにしてみれば
 ここは、心強い味方と言える施設なのよ。
 どうする?手伝ってもらえると私も大助かりなんだ。
 園長が退院するまででも、何とかお願い。
 もうレイコしかいないんだもの、頼れる人といえば」




 「・・・やるわよ、そこまで言われたら、もう断る理由が見つからないもの。
 それにどうせ、夜はいつも暇だし・・・」



 「あらそうなの、助かるわぁ。良かったレイコが夜が暇で。
 そう言えば、久しく見てないけど、どうしてるさ。
 家出をしちゃったあんたの彼氏。」



 「あいかわらずのナシのつぶて。
 沖縄から、京都へ移動したようだけど、その後は、又、手紙も電話もありません。
 糸の切れた凧同然、なしのつぶてのまま。」

 「ふぅ~ん。
 相変わらず、放し飼いのままなんだ。
 もう、2年になるはずでしょう、いいの?
 それでも、レイコは・・・」





 まっすぐに見つめてくる幸子の視線を、レイコはそつなく外しました。
何も答えずに、そのまま窓へ目線を流します。
「平穏な気分でいるはずがないか・・・愚問だった)幸子が後悔をしています。
共同保育園で無認可の「なでしこ」は、深夜の零時を過ぎると、
先を争うようにして、水商売の仕事を終えたお母さんたちが我が子を迎えに駆けつけてきます。




 「あら、新顔さん?」


 「いいえ。まだほんの見習です。
 幸子さんとは、同級生の間柄にあたります。」



 「じゃ、未来の保母さん志望になるわけだ。


 助かるわぁ~ 貴重な存在だ。いきなりの戦力アップにもなるわねぇ~」

 「いいえ・・・今のところは、
 昼間は、自動車販売店で働くしがないOLです。
 保母さんになるかどうかは、これからあらためて考えなおします。
 まだまだ、今日が初日ですので。」




 深夜零時を少し過ぎてから、最初に子供を迎えに来たのは、
時子さんと名乗る20歳半ばになるホステスさんでした。
この時間帯で仲町の飲食店のほとんどが、一日の営業時間を終わります。
仕事を終えた、ホステスさんや酌婦さんが次々と我が子を引き取りに
『なでしこ保育園』へとやってきます。



 子供たちが次々とお母さんに引き取られて行くなかで、
レイコが衝撃を受けたのは、それらの中に生まれて間もない新生児や乳幼児たちが
何人か混じっていたということでした。
生後8週目そこそこ赤ちゃんが、若い御母さんの腕に抱かれて帰っていくのを
レイコは愕然として見送りました・・・・
奥の部屋へ置かれた二段ベッドに寝かされていたのは、そのほとんどが
生後間もない乳幼児や一歳未満で、いわるゆゼロ歳児と呼ばれる乳幼児がほとんどでした。


 この時代の保育園は、3歳児以上から預かると言うのが入園の原則です。
5歳からは幼稚園へ通うというシステムも完成をしていましたが
3歳児以下は、まったく保育の対象としては認知されていない時代です。
ましてや生後間まもない乳幼児を保育するなどということは、まったくの前代未聞の話です。
一部にベビーホテルやベビーシッターの名のもとで、商業的に乳幼児を預かる施設は
存在をしましたが、これらはもともと児童福祉法にもとずく、幼児教育や
社会福祉からは、蚊帳の外の存在であり、
厚生省や文部省の行政範囲からは、はるかに一線を画していました。
(今は厚労省ですが、70年代には、幼稚園は文部省に、保育園は厚生省の管轄でした)
レイコが衝撃を受けたのも、無理はありません。


 哺乳瓶や、着替えなどを詰め込んだ大きなバックを小脇に、
我が子を抱きかかえたお母さんたちが、深夜の帰宅を急ぐ光景が続きます。
表通りに止められたタクシーや、待機しているお店専用の送迎車へと足を急がせる光景が
午前1時過ぎまで「なでしこ保育園」では続きました。




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