落合順平 作品集

現代小説の部屋。

「レイコの青春」(22)  坂道を歩き始める(2)準備室への下地

2012-07-28 11:42:23 | 現代小説
(続)アイラブ桐生・「レイコの青春」(22)
坂道を歩き始める(2)準備室への下地



(昨日に続いて桐生川にある、梅田ダムの様子です)




 「いらっしゃい。
 不思議なことに、ここのなでしこ保育園は、
 女子高時代の生徒会役員さんたちが、次々と集まってくるのよねぇ~
 幸子でしょ、レイコと私。
 あなたでもう4人目だわ。
 まだまだ、ここに集まってくるのかしら。」


 「あら、レイコが居るの?
 顔は見えなかったけど。
 結婚したという話は聞いていないから、
 もしかして、未婚の母とか・・・」



 「失礼だわ、レイコに。
 あの子は私とは違って、そっち方面だけは実に真面目だもの。
 もっかは、保母の見習い中です。
 通信教育で資格資格を取るために、例によって猛勉強をしてるわよ。
 残念なことに、子持ちは、あなたと私の2人だけ。
 私は、子供が2人だけど、
 あなたはいっぺんに双子が授かったんですって、
 大変ねぇ。」


 「見た通りなの。うれしい悲鳴をあげてるわ。
 乳幼児の保育だけでも助かるけど、
 この先でなでしこが、認可保育園の建設運動を始めるって聞いたけど、
 それって、本当なの。」



 「本当よ。それが「なでしこ」の最終の目標だもの、
 もちろん本気で取り組むわ。
 あなただって、それが必要だからこそ此処に来たんでしょう。
 生徒会時代の同志として、私も大いに歓迎するわ。」


 「子持ち同士としてなら、大いに嬉しいけれど・・・・
 私はまだ、ちゃんとした亭主持ちの身分です。
 悪いけど、すでに一度目の離婚経験の仲間にだけは
 今のところ、入りたくはありません。」



 「幸子でしょう、
 余計な事をしゃべったのは。
 いつも一言多いんだから・・・、あいつったら、もう。
 ついでに言っておきますが、それぞれに男親が違いますので
 正確には、一度ではなく、すでに離婚は2度目です。」


 「あらまぁ、さすがに美千子です。
 相変わらず行動的で、元気いっぱいの美千子らしいわね。
 悪びれないところもあなたらしくて、見事だわ。」
 



 「それって、褒めてくれてるの?
 それとも、本気でけなしてるのかしら・・・」



 
 
こうして幸子とレイコ、美千子と靖子という、
高校時代の生徒会グループのメンバーたちが中心となって、
認可保育園の建設を目指すための、準備会つくりが始まりました。
とはいえ、保育園の運営に関しては幸子以外の全員が、全くの素人です。
何をどう準備したらいいのかさえ解らず、
その道筋自体すら、さっぱりと見えません。



 とりあえず、幸子とレイコが
保母さん達の情報をもとに、各地の共同保育所の実践例を調べはじめました。
民間レベルの取り組みによって、認可保育園作りに着手している
先進地の情報を集めることが、最初の主な仕事になりました。
一方、保護者たちへの対策をまかされた美千子と靖子は、
30名余りの園児の父兄を相手に、それぞれ個別でアンケートを取り始めます。


 そんな準備がすすむなかで、市役所の福祉課には、
中学時代の同級生が在籍していることが判明をしました。
「ガリベン君」とあだ名されたいたこの同級生は、
突然訪れた幸子とレイコを、目を丸くしながらも快く出迎えてくれました。



 「懐かしい同級生で、
 なおかつ美つくしすぎるお二人の来訪は、まことにもって大歓迎です。
 しかし残念ながら僕の守備範囲は、社会福祉事業の全般です。
 君たちの保育園を管轄しているのは、
 正しくは、保健福祉部内の児童福祉課だと思います。
 なんだい・・・おい、おい
 こら、待てよ、待てったら。
 何だよ、まったくもって失礼だな、君たちは。
 ここには用がないと解ると、さっさと帰るんだから始末が悪い。
 昔から見切りが早すぎるんだよ、君たちは。
 もう少し、僕の話を聞いていけ。
 良い情報なども提供するからさ。」




 立ち去りかけた幸子とレイコが、急いで戻ってきます。
左右からガリベン君のデスクを、がぜんとして挟み撃ちにしました。
幸子の豊かな胸が、ガリベン君の顔へ急接近をします。


 「まぁまぁ待て、待て。
 頼むから、そんなにも急接近をしないでくれたまえ。
 こう見えても、僕はすでに立派な所帯持ちだ。
 綺麗なご婦人たちに、あまりにも急接近をされると
 立場上、なにかと非常にまずいものもある。
 ここではなんだから、
 チョットその辺で話をしよう。」



 立ち上がったガリベン君が、すぐ隣席の高校を出たばかりの
女子職員へ、小銭入れをそのまま渡しながら、


 「4人分のコーヒーを買ってきて。
 僕はいつものやつで、余った残りのもう一本は例によって、君の分。」



 そう頼んでから、空いている面談室のドアを指さしました。





 「ひとりだけだが、君たちが必要とするだろうと思われる、
 心強い女子職員が、その児童福祉課に居る。
 ただし、うるさすぎるのが災いをして
 今は、市内の公立保育園の事務に飛ばされている最中だと聞いている。
 君たちと同じように、児童福祉課へ配備をされた時から
 ゼロ歳児や乳幼児保育の必要性を、課内で説いて回ったという
 前代未聞の逸話の持ち主だ。
 君たちよりは2歳年下のはずだが、
 良き協力者になれるというか、波長が合っているように見える。
 ただし、市の職員というものは、
 そういう政治的色彩の強い活動に参加するということになると、
 なにかと庁内のお偉方には、
 うとまれる結果にもなるのだが・・・」


 「ゼロ歳児や、乳幼児の保育問題というのは、
 そんなにも政治色が強いというわけ?」



 「いや、それは・・・
 社会福祉や教育の分野にかぎったことではないが
 できれば市民たちのために、あまり金をかけたくないと考えている
 上部や上司たちの言い草だ。
 実際、僕のところでも共稼ぎでやってきたが
 子育てのためにいまは、妻が休職中だ。
 君たちの考え方にも、いちおうの支持はできる。」


 「へぇ、ガリベン君って以外なことに社会派だったんだ。
 子育てをする立場になって、さらに
 保育の問題にも、目覚めはじめたというわけね。」



 「まあ、一応そう言うことにしておいてくれ。
 ただしこれは、ここだけの話にしておいてくれよ。
 僕にも立場があるし、これ以上は表面にでるわけにはいかない。
 そのかわり、その例の女子とは僕の方から連絡を取って、
 後で必ず紹介をする。」



 「ありがとう、やっぱりここを訪ねた甲斐が有ったわ。
 それにしても、あんたもずいぶんと、
 いろんな立場があって大変ねぇ、
 それでさぁ、気を遣いすぎて疲れないの?」


 「いろんな立場かぁ・・・
 でもさあここは、そういう職場なんだぜ。
 大変なんだよ、とかく下っ端の公務員というものは。」



(市内を北部から見た、桐生市の全景です)



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